【雑記】私のひそかな自慢…レコード会社の録音にストップをかけた

私が音楽関係の仕事をしていたのはかれこれ20年ぐらいも前なのですが、今でもひそかに自慢に思っていることがあります。ここに書いちまったのでは「ひそかに」でもなんでもなくなるのだけど、言いたいことを言わないのでは「腹ふくるる」心持になるなんて言葉もあるから、書いてしまうことにします。

私は中国人の声楽家の録音に立ち会うため、某大手レコード会社の録音スタジオに行ったのでした。そのレコード会社には結構出入りさせていだいていたのですが、その時の担当者はいつもお世話になっている人とは別の人。でも顔見知りということで、声をかけられたのでした。

実は、仕事ではありませんでした。「中国人歌手の××さんがレコーディングするから、見に来ない?」程度のノリで声をかけられて、ホイホイと言ったのでした。つまりノーギャラ。いつもお世話になっているIさんや、民族音楽プロデューサとして八面六臂のご活躍をされていたHさんには「それって、タダ働きさせられるってことじゃない?」と心配していただいたのですが、単細胞の私としては「なんか、面白そう」だけで出かけていったのでした(本当に残念ながらIさんもHさんもすでに故人)。

収録曲はすべて中国の歌曲。とはいっても創作曲も伝統曲をアレンジした曲もありました。伴奏はピアノ1台でした。伝統曲の場合、もとはアンサンブルによる伴奏がつけられていた曲を、その録音のためにピアノ伴奏譜を新たに作った場合もありました。

さて、録音が始まりました。中国人音楽家にとって(特に当時の中国人にとって)、日本のスタジオで日本のスタッフに囲まれて演奏するのには、けっこうプレッシャーがあったようです。ピアニストも日本人でした。録音の際には基本的に、録音ブースに入るのは演奏者だけで、残りのスタッフは調整室にいます。調整室からは大きなガラス窓を通して録音ブースの中の様子を確認。そのため録音ブースのことを「金魚鉢」なんて言ったりします。

調整室と録音ブースの意思疎通はマイクとスピーカーを使ってします。互いに姿が見えているのに、まあ不自然な会話ですよね。そのため調整室にいる人は、演奏者ができるだけリラックスできるように言葉選びなんかにも気をつかいます。

私は、言ってみれば見学するだけの立場だったのですが、ブース内の歌い手からは、中国語で「今の歌い方、どうでした?」なんてお声がかかった。基本的には「很好!(素晴らしかったですよ)」なんて返すのですが、「こりゃ、マズいな」と思われる部分があった場合には、指摘しました。

録音の際には、何度も演奏/演唱するので、こういうことはしょっちゅうあります。基本的には、演奏側が納得するまで録音をしなおします。それから、ほとんどの場合には演奏者本人が「今のはココがまずかった」と十分に分かっているので、「こりゃマズい」と思ったら、たいていの場合には率直に指摘した方が、演奏者が「ちゃんとチェックしてくれている」と安心するものです。この調整室とブースの意思疎通のコツについては、前記のIさんやHさんにいろいろ教えていただきました。

録音も終盤になったのですが、ある曲で、一つの音を聞いた時に「あれ?」と思いました。なんか変なのです。ピアノ伴奏の音が変だ。演奏のミスじゃない。中国の伝統曲で、伴奏部分をピアノ用に書き直した曲でした。その伴奏の和音の一カ所が、おかしい。

歌手もレコード会社のスタッフも演奏に満足したようで、「では、次の曲」という流れになったのですが、私は「ちょっとおかしな部分がある。譜面を確認したい」と主張しました。これって、かなり大それたことなのですよ。スタジオの使用時間はきっちり決められている。録音をストップさせて、その日のうちに録音が終わらないなんてことになれば、別の日の追加録音ということになります。スケジュールの問題だけでなく、費用の問題も出てくる。

でも私としては、とにかく「おかしいから確認した方がよい」と思ったわけです。

ピアノ伴奏の譜面を見せてもらうと、やはり演奏を間違えたわけではない。ピアニストも「ここですよね。この通りに弾いたはずですよ」と言っている。たしかにそうだ。

その曲は、もともとアンサンブルの伴奏で、今回の録音のために伴奏のためのピアノ譜を起こした作品でした。さいわいなことに、もとのアンサンブルの譜面もあった。そこで確認すると、あったあったありました。一音だけ、和音の書き間違いがありました。ヘ音記号で書かれた楽譜が、一音だけト音記号に変更されていて、ピアノ譜にする際にその変更を見逃してヘ音記号にもとづく音で書いていたというわけです。

音の高さとしては三度だけずれることになるので、協和音が不協和音になったわけではありません。でも、それまで中国音楽は新作やアレンジものをさんざんに聴いていたので「中国曲で、この和音が使われるはずがない」と直感的に分かったのです。

問題点が分かったので、皆さんもほっとした様子。演奏者も気を取り直して、修正した楽譜を用いて録音は無事に終了しました。よかったよかった。

ううむ。自慢話みたいなことを書き連ねてしまったぞ(完全に自慢話なのですが)。まあ、私が自慢できる数少ないレア話と思って、ご勘弁願えれば幸いです。

音楽

Posted by 如月隼人