謎の食品ピータン、その歴史を考える

2011年5月14日

昨日のブログで、独眼竜政子さんにコメントをいただき、ピータンづくりへの挑戦を勧められた。「そんなもの、作り方が分かるのかなあ」と思ってグーグルで検索したら、あるんですね。いやはや、ありがたい世の中です。でも、自分で作る自信はないなあ。

ピータンって、卵関連ではベトナムなんかのホビロンに次ぐ、「すげー」食品ではないかな。ホビロンって、あれですよ。孵化直前の卵。ひなの形なんかが、かなりできている。グロテスクに見えますが、とても美味と聞きます。私はまだ、未経験。

それでピータンですが、アヒルの卵を灰やもみ殻で包んで、熟成させた食品ですね。白身部分はコーヒーゼリーみたいな外見になっている。黄身はちょっと濃い目の灰緑色。北京では、むしろ松花蛋(ソンホアダン)という名で売られています。

さて、ピータンですが、だれがどのように発明したのだろ。冷蔵装置なんかがなかった時代の、蛋白質を長期保存するための知恵だと思いますが、異質だよなあ。魚の干物とかビーフジャーキーなんかなら分かりますよ。水分を抜けば細菌は繁殖しにくい。塩を使ったり燻製にするハムやソーセージ、ベーコンなんかも分かる。馴れずしなんていうのも、あれは野菜の漬け物の発展型でしょうね。麹などを使い、微生物の力で、他の細菌が入って来にくくする。

泥んこみたいなものを使って保存しようというピータンは、尋常ではない。ということで、こんなピータン発見・発明史を想像してみました。

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昔、昔の中国。戦乱と天災が相次ぎ、人々は明日をも知れぬ生活を送っていた。そして、飢饉に見舞われた村。ある家で、本当に食べ物がなくなった。何も食べられない日が続いた。食べ物を探しに行った父親は、帰ってこない。子ども1人抱えた母親は途方にくれた。動く力も、もうほとんど残っていない。母子で飢え死にするしかなかった。

そこで、はたと思いだした。1年ほど前に、家の前の「どぶ」に卵を落としたことがある。もしかしたら、まだあるかもしれない。

ということで、どぶさらいをした。すると、泥にまみれた卵があった。殻をむいてみたら、黒く変色している。こんなもの、食べられるのか。しかし、力なく横たわった子を見ると、つぶらな瞳をこちらに向けている。

「この子は私を信じている。このまま、何もしないわけにはいかない」――。母親は意を決した。卵を2つに分け、大きい方をわが子に与え、自分は残りを口に含み、目をつぶって飲み下した。

奇跡が起こった。翌日になり、父親が帰って来たのだ。わずかではあったが、雑穀が入った袋を持って。一家は生きのびることができた。そして、母子を救った「どぶたまご」の話は語り継がれた。多くの人が、「保存できる卵」を改めて作ろうとして製法に工夫を重ねた。それから数世紀、中国の珍味として世界的に有名になった「ピータン」が完成した。

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といったストーリーではないでしょうかねえ。ただ、もうひとつ、気になることがある。おそらくピータンの製法が確立するまでに、食中毒で何万人も、命を落したんじゃないかなあ。