インドで中国製品ボイコットの動き広がる 中国大使館「損をするのはインドだ」と表明

インドで中国製品ボイコットの動きが広がっている。消費者向け中国製品の売り上げが、前年同期の4割減になったとの調べもあるという。中国の駐インド大使館の謝立艷参事官は複数のメディアの取材に応じて「損をするのはインドの業者や大衆消費者だ」などと述べた。

駐インド中国大使館は、同問題については広報を担当する謝立艷参事官が多くのインドメディアの取材に対応したと発表した。

謝参事官は各取材に対して、、2000年には29億ドルだった中国とインドの貿易総額が15年には716億ドルと15年間で24倍になるなど、両国の経済関係が発展していると説明。

さらに、中国はインドにとってすでに、世界最大の貿易相手国であり、中国が大量に輸入する綿はインド綿花農民120万人に恩恵をもたらしていると指摘し、中国からインドに輸出される安価な電子品や日用品は、インドのインフレ率を低下させ、インドの一般大衆の日常生活におけるニーズを満たしていると強調。

謝参事官は、インドにとって中国製品の代替となる商品がない以上、中国製品の供給が制約を受ければ、結局のところ損をするのはインドの業者や消費者大衆だと主張した。

 

謝参事官は、インドにおける中国製品ボイコットの中国に対する影響については、「中国は世界一の貿易大国であり、2015年の輸出総額は2兆2765億ドルだった。インドへの輸出はうち2%を占めるだけだ」、「中国の輸出全体に対する大きな影響はありえない」など論じ、ボイコットは中国企業の対インド投資や中印協力全体に対しても影響を与える可能性があるとの考えを示した。

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◆解説◆
南アジアにおける中国とインドの「対立の根」は深い。そもそもの発端は、ロシアが「不凍港」を得ようとしたことだった。ロシアは19世紀に至り、極東および中近東地域で「南下策」を強力に進めた。そのため、極東地域においては日露の、アジア内陸部においては英露の対立が激化した。

インドを統治していた英国はチベットにも勢力を伸ばそうとした。インドとチベットの国境については1914年にインド北部のシムラで、英国、中華民国、チベットの代表による会議が実現した。

しかし中国は同会議を承認せず退出。英国とチベットは、インドとチベットは2国間で国境を定め、承認した(マクマホン・ライン)。

中華民国が認めなかったマクマホン・ラインを中華人民共和国も認めていない。そのため、中国はインドが実効支配するアルナーチャル・プラデーシュ州を自国領と主張し、「蔵南(チベット南部の意)」と呼んでいる。

中国とインドは西部国境地帯であるカシミール地方でも、国境を巡って対立している。1962年には中国側がインドに侵攻し、カシミール地方の一部であるアクサイチン地方を奪取した。

インドは一方で、パキスタンとも対立してきた。中国は「敵の敵は味方」の論理で、パキスタンと極めて親密な関係を構築した。中国はパキスタンに対してさまざまな支援や武器輸出を含めた貿易関係の拡大に努めている。

中国がパキスタンに接近したことは、インドの対中警戒や対中悪感情をさらに強めることにつながった。

印パ両国については、インドがソ連に接近したため、米国がパキスタンを特に重視した時期もあった。そのため中国はパキスタン経由で、米国の軍事技術の一部を入手したとみられている。

南アジアのその他の国が関係する中国絡みの情勢では、スリランカが一時、中国に急接近したが、15年1月に発足したシリセナ政権は距離を置いた。中国は関係改善に努めている。

バングラティシュパキスタンと対立的で、インドと親密的。ただし、中国との関係構築に力を入れている。中国もバングラデシュを自国の世界戦略である「一帯一路」の重要な拠点と位置づけている。

北部では中国と国境を接し、南西部はインド洋に面しているミャンマーも、中国の南アジア政策にとって極めて重要な国で、中国は関係構築に強い熱意を示してきた。しかしミャンマーが民主化を遂げたことで、西側諸国も同国との関係構築に積極的に乗り出すようになり、中国いとってミャンマーとの関係は、かつてのように「独擅場」とは言えなくなった。(編集担当:如月隼人)

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