中国の「不思議な不思議な」革命歌

2020年7月21日

中国で作成された「革命の力」を表現するイラスト。背後の「赤い太陽」は毛沢東を意味する。

中国では「紅歌」という歌のジャンルがあります。「紅(=赤色)」は共産主義革命のシンボルカラーですからね。「中国革命歌」と訳してよいと思う。

はっきり言って、音楽的に出来がよいと思える曲は少ない。ま、そりゃそうで、西洋音楽の手法を導入して、同時に西洋民族ではない自民族の独自性がある音楽を作ることは、そう簡単ではありません。日本だってそうでした。

西洋音楽の手法の導入と、自民族ならではの節回しの両立に、どの程度成功しているかを見るための簡単な手段に「和声進行を調べる」という方法があります。「和声」とは要するに、曲にド・ミ・ソとかソ・シ・レなんていう和音をつけていくことですけども、和音をつけりゃよいというわけでなくて、どういう順番でつけていくかということが決定的に大切です。

込み入った話を思い切りよく省略すれば、和声の進行は3種類のパターンに分類できます。よく、ローマ字でT、D、Sと書きます。非西洋的な旋律の場合でも、TとDに分類される和音は割となじみやすいのですけど、西洋音楽の場合にはSを使うことが大きな特徴です。並べ方としては基本的にT→D→T、T→S→D→T、T→S→Tの3種類があります。Tで始まりTで終わるのですから、T→D→T→S→D→T……のように、つなげていくわけです。

ものすごく単純化しましたけど、和音をつなげていくには、細々とした規則がたくさんあります。この規則を感覚面から身につけねばならないので、和声の理論である「和声学」を学ぶのは、相当に大変です。もちろん、実際に作曲する場合には規則を破ったりするわけですけど、曲を紡いでいく感覚をしっかり身に着けるために、まずは「規則通り」の和声進行を学ぶのです。これが、西洋で確立された作曲の「修行法」です。

さて、日本の場合ですけど、明治の初期に作曲された歌曲から、その後に作曲された歌曲まで順を追って調べた先生に伺ったところ、この「S」の和音を日本人として初めて西洋の作曲家とほぼ同様に使いこなした作曲家は山田耕作と分かったそうです。日本人のトップレベルの作曲家が西洋音楽の手法を完全に自分のものにするのに、まあだいたい、40年かそこらはかかったと思ってよい。

さてさて、中国革命歌の話なのでした。ということで、音楽として評価した場合に「出来がよいなあ」と思えるものは、どうしても少ない。正直に言って「ダサいなあ」と思えてしまうことが多い。

「政治的な問題とは全く無関係ですよ」と改めて念を押して続けるのですけど、中国国歌である「義勇軍進行曲(義勇軍行進曲)」も、あまりよいメロディーとは思えないなあ。

それだったら、「準国歌」なんて言い方もされている「五星紅旗迎風飄揚(五星紅旗が風に翻る)」の方が、よほどよくできていると思う。

まあ、この演奏の場合には特に、出だしのところが大仰すぎると思われる方もいらっしゃるとは思いますが、旋律そのものは実に巧みに構成されています。和声のつけ方も自然といってよい。

ええと「政治的問題とは無関係とは言いましたけれども、敢えて追記するとすれば、中国国歌の「義勇軍進行曲」の歌詞には「敵への憎しみ」といった要素が濃厚で、具体的な「敵」であった日本人としては、どうしても素直に受け止めにくい部分も出てくる。「五星紅旗迎風飄揚」の歌詞は、自国の国旗を称賛し、ふるさとを賛美し、「すばらしい国を作ろう」と呼びかけているのですから、「素晴らしい歌ですね」とも言いやすい。

さて、「出来がよいと思えるものは少ない」とクサした中国の革命歌ですけど、1曲だけとんでもない「例外」がありました。「遊撃隊之歌」という曲。分かりやすく訳せば「ゲリラの歌」ということです。

私が最初に聞いたのは、上海歌舞団の1970年代ののライブ録音なんですけど、琵琶の独奏でした。中国の音楽団体の演奏会では、自国の民族楽器で外国の曲を演奏することも多かったので、迂闊にも「フランス民謡を中国琵琶の演奏にアレンジしたのかな」なんて、思っていました。

後になって、賀綠汀という作曲家の1939年の作品と知り、本当に驚きました。賀綠汀の別の作品も調べましたけど、「遊撃隊之歌」ほど「きちんと洋風」の曲はないみたいだなあ。旋律そのものに中国的な雰囲気がまるでない。たいていの場合、そういった作品はなんか「二流っぽい」うさん臭さがでるんですけれども、そういうこともまるでない。

もちろん「きちんと洋風ならばよい」とは言いませんよ。その逆も成り立たない。でも、どんな具合にして賀綠汀の脳裏に霊感がひらめいたのか。日本の近代音楽史を眺めても、この「遊撃隊之歌」みたいに、突然変異のように出現した曲は見当たらないなあ。思うたびに「不思議不思議」と思っています。

追記:
山田耕作の場合には、声楽作品の作曲にあたっては「メロディーの上下動を日本語(標準語)のイントネーションと完全に合致させる」という方針を自らに課していたので、技術上面の研究は、さらに困難だったと思われます。

ちなみに「ほぼ唯一の例外」とされるのが、有名な「赤とんぼ」です。「あかとんぼ」の語を発音すれば「か」と「と」が高いイントネーションになるはずですが、この歌では「あ」の部分が高くなっています。実は、東京の古い下町言葉では「あかとんぼ」の「あ」の部分を高く発音するので、山田先生は、自分が発音する「あかとんぼ」が「標準語」と勘違いしていた、との説が有力です。

音楽

Posted by 如月隼人