弘田三枝子さん追悼、「夢見るシャンソン人形」を聴き比べる

弘田三枝子

歌手の弘田三枝子さんが7月21日に亡くなったと伝えられました。享年73。前日までは元気だったのに、心不全による急逝とのこと。とても残念です。

私の母の話によると、私が最初に興味を示した音楽が黛敏郎さんの電子音楽。当時はテレビで放送されることもけっこう多く、この電子音楽の音が聞こえると、画面の前まで這って行って食い入るように画面を眺めていたそうです。

その次に興味を示したのが弘田三枝子さんの歌で、電子音楽の場合には好きだったかどうかは不明ですけど、弘田さんが歌うと「ミコちゃん、ミコちゃん」と大騒ぎするので、好んでいることがはっきりと分かったそうです。その反面、別の歌手には興味を示さなかったそうです。

弘田三枝子が本当に輝いていたのは1960年代末までと思うのですけど、今、聞いても、すごいなあと思う。どこが気に入ったのかは分からないけど、当時の私の音楽センスも捨てたもんじゃないと思ったりして。

そこで、弘田三枝子さんの代表曲の一つとして知られる「夢見るシャンソン人形」を聴き比べてみることにしました。なお、音源はいずれもYoutubeにアップされていたものです。削除されてしまう可能性もなきにあらず、ということでご了承ください。

さて、弘田さんは欧米でヒットした曲を歌うことが多くありました。というか、成功した歌の大部分が、こういった「カバー」のケースかな。米国の歌が多かったんですけど、「夢見るシャンソン人形」はフランス人のセルジュ・ゲンスブールが1965年に発表した曲です。フレンチ・ポップスのはしりといってもよいのかな。

歌ったのは「フランス・ギャル」という女性歌手です。

まあ、今でいう「アイドル路線」ですかね。決して下手ではありませんが、「かわいい女の子が素直に歌っている」という雰囲気ですね。フランスを中心に大ヒットしたとこことですけど、曲の雰囲気と歌手の雰囲気がとてもよく合っていたことが、理由の一つでしょうね。フランス語の音の響きも、曲調にとてもよく合っていると思う。

さて、次は弘田三枝子さんの歌唱です。

同じ曲ですけど、「これはプロの歌い手だ」と強く感じる歌唱です。持ち前のパワフルな歌声を、とてもよく生かしている。当時の弘田さんの歌はよく「パンチが効いている」なんていわれたのですが、パワーだけで押しているのではありません。たとえば、歌の冒頭の「わーたーしーは」の部分なんかは、ビブラートをほとんど入れずに伸びやかな声にしている。まあ、この曲の場合には特に「パワー」は控えめにしていますしね。

でも、0:47ぐらいで出てくる同じメロディーに乗せた「だーれーでーも」の部分はビブラートを少し強めています。歌唱力のある歌手、言い換えれば表現の幅が広い歌手の場合、このように、同じメロディーでも、歌詞の流れなどで微妙に違う歌い方をします。このあたりでも、弘田さんの実力を感じることができます。

ついでに言えば、上手な歌手でも歌い方を毎回必ず変えるわけでもありませんし、大きく変化させるともかぎりません。ほんとうに微妙に変える場合もあります。「夢見るシャンソン人形」での弘田さんのこの部分の歌い方は、どちらかと言えば微妙に変えた部類ですね。

それから、歌唱力がある人でも、「自分の持ち駒」を使いすぎて、自滅した歌い方になっている場合もあります。逆に、実力ある歌手で、いろいろな歌い方が出来そうなのに、同じパターンの繰り返しになっている例もあります。研究不足だったということかな、と思う場合もあります。

ひとつ、例を出しておきましょう。「だまって俺について来い」です。まずは、オリジナルの植木等バージョン。注目してほしいのは、比較的最初の部分にある「銭のないやつぁ、俺んとこへ来い」の「来い」の部分です。この「来い」の部分は全曲を通じて3回あるのですが、歌い方をすべて変えています。そのことが、曲の盛り上がりに結びついています。(0:21、0:55、1:39)

次に、「こち亀」のオープニングとして使われた天童よしみバージョンです。「来い」が出現するのは0:21、0:56、1:40です。しかし植木バージョンとは違って、すべてほぼ同じ歌い方をしています。

まあ、この場合には歌手の研究の問題ではなくて、「アニメ用」ということで、敢えて単純化したのかもしれません。オリジナルでは冒頭が「ゼニのないやつぁ」なのに、天童版では「カネのないやつぁ」に変更されていますしね。ただ、歌として比べてみると、植木版の方が説得力がずっとあります。

さて、「夢見るシャンソン人形」に戻ります。次は、中尾ミエさんと高橋恵子さんの歌唱です。

いずれにしろ、フランス・ギャル版のオリジナルと比べれば、弘田三枝子さんの歌い方を踏襲していることが分かります。日本では弘田版のイメージがあまりにも強すぎて、そこから逸脱するのはリスクがあると判断されたのかもしれません。とても上手に歌っているのですけど、どうしても「二番煎じ」という印象を受けてしまいます。

なお、高橋恵子さんですけど、女優の高橋恵子さんとは別人です。高橋恵子さんは当初、関根恵子の名で活動していましたしね。

次は、中山千夏さんの歌唱です。

これ、明らかに「路線」を変更していますね。弘田さんの歌い方を強く意識し、一部の技巧を採用しながらも、全体としてはオリジナルのフランス・ギャルさんの歌い方に近づけているように思えます。まあ、歌唱としては中山さんの方がずっと本格的ですけどね。

つぎに、伊東ゆかりさんと石川ひとみの歌唱です

いずれも、明らかに「かわいい」路線ですね。石川バージョンでは、リズムも3拍子に変更しています。

さて、ここまで聴き比べをしてみると、この歌の歌い方が、大きく変わってきたことが分かります。日本の歌謡史上でも、同じ歌の歌唱法がこれほど幅をもったことは珍しいのではないでしょうか。その発端が、弘田三枝子さんの歌唱だったことは、間違いありません。一つの曲の運命を、これほどまでに変えてしまう歌唱だったということで、やはり弘田さんは日本の歌謡史上で特異な歌手だったと思うわけです。

最後に、弘田三枝子さんの歌唱をいくつかご紹介しましょう

音楽

Posted by 如月隼人