台湾・李登輝元総統の年齢問題…台湾の民間習俗に従い99歳には「ならなかったこと」にした?

2020年8月13日

台湾・李登輝元総統。2014年の訪日講演の際に筆者撮影
台湾・李登輝元総統。2014年の訪日講演の際に筆者撮影

前にもご紹介しましたが、7月30日に逝去された台湾の李登輝元総統の年齢のことです。台湾では「享年98歳」と紹介されましたが、計算しなおしてみて「あれ? 違っていない?」と気づいたことが発端でした。

実は、台湾人であれ中国大陸部の有名人であれ、死去を伝える記事を書く場合には、気をつけねばなりません。享年が「数え年」である場合が、多いのです。日本人向けの記事にする場合には「満年齢」を確認せねばなりません。

李元総統の場合には、李元総統は1923年1月15日の生まれなので、満年齢は「97歳」だったはず。私が書いた記事もそうしましたし、日本で発表された他の記事でも「97歳」となっていました。このあたりを間違えると「誤報」ということになってしまいますからね。ご用心、ご用心。

そう思って、李元総統の生年月日をもう一度見て「あれ?」と思いました。誕生日は1月15日。だったら農暦ではいつなのか?

日本では明治以降、元号という古くからの伝統は残したものの、カレンダーについては西暦に統一されました。しかし、中華圏では「農暦」の伝統が強く残っています。その年の干支も農暦に基づきます

例えば2020年の場合、旧暦の元日は1月25日でした。この日をもって前年の干支だった「卯年」が「辰年」に切り替わります。つまり、日本人だったら2020年1月1日から24日の間に生まれれば「辰年」となりますが、中国や台湾人の場合には、旧暦の年越しがまだなのですから「卯年」生まれです。

また、「数え年(中国語では虚歳(シュースイ)」の計算でも旧暦が基準です。生まれた時点で「一歳」として、その次の旧暦の年越しをもって「二歳」とするわけです。

李登輝元総統が誕生した1923年1月15日は、旧暦ではまだ前年の「十一月二十九日」でした。この時点で「数え1歳」だったことになります。そして、李元総統にとって初めて訪れた春節は、同年2月16日でした。つまり元総統はこの時点で「数え二歳」になったはずです。

そうやって数えていくと、亡くなった2020年7月30日時点では「九十九歳」のはずです。台湾ではなぜ「98歳」と報じられたのか。

台湾でもその後、「李登輝元総統の年齢問題」に疑問を持つ人が出始めたとみえて、解説記事が発表されるようになりました。

話はちょっとそれますが「そもそも論」として興味深い解説がありました。「数え年の場合、どうして生まれた時点で一歳とするのか」という問題です。台中市名門命理教育協会の楊登嵙理事長によると「母親の胎内で受胎した時点で、すでに命が宿った」と考えるからだそうです。まあ、受胎した日を正確に知ることはできないということで、出生した時点ですでに、命を授かってから1年が経過していると考えるのでしょう。

「受胎した時点で命が始まった」とするのは、なかなか興味深い発想だと思います。

さて、李元総統の年齢に戻りますが、享年を「98」としたのは、「歹九(ダイヂウ、悪い九)」という考え方に基づくそうです。そもそも「九」は不吉な数とされていて、例えば結婚するでも当人が29歳や39歳だったら「縁起が悪いなあ」ということになるそうです。

台湾の場合にはさらに、鄭成功が39歳、蒋介石が89歳、蒋経国が79歳と、トップに立った人物も死去した年齢は「数字の九の関門に引っかかった」とする見方があるそうです。

ということで、特に高齢者の場合は、一桁部分が「九」となる年齢は「なかったこと」にする例が多いわけです。例えば、数えで「九十八歳」の人が旧暦新年を迎えれば「九十九歳」になりますが、それは「なかったこと」にして、さらにその次の年の旧暦の新年をもっていきなり「百歳」になったとして、盛大に祝うそうです。

それにしても、李登輝元総統には、数えで「百歳」も迎えていただきたかった。本当に残念です。謹んで冥福をお祈り申し上げます。