「宴もたけなわ」などと言うが、よく分かっていなかった

このところ、自分が使い慣れているはずの日本語や漢字について、いろいろと気になって仕方ありません。使い慣れているはずの言い回しでも「これ、何を意味しているのだろう?」と、改めて考えてみれば、よく分かっていなかったことに気づくことが、しょっちゅうです。

昨日までの私にとって、「宴もたけなわ」の「たけなわ」もそう。あるコラムを書いていて、「米国では大統領選もたけなわ」なんて言い回しを思いついて、「あれ、『たけなわ』ってなんだ?」と思い当たった。

「たけなわ」の漢字は「とりへん」に「甘(あまい)」

「たけなわ」という語を調べたところ「酣」という漢字を使うことが分かった(他の字を使うこともあります)。では、この「酣」とはもともと、どういう意味なのか。ネットを探すと、”「お酒」に「甘い」と書く「酣」という漢字は、お酒を造る工程で発酵させた時、だんだんと甘さが増している様子を表しています”なんて、説明がありました。

しかし、簡単に信じてはいけません。ネットで発表されている「言葉情報」には、いわゆる“俗説”や、いい加減なことを書いている場合が、けっこうあります。

そこで、愛用している「学研 漢和大辞典」で調べてみた。どれどれ。

やっぱり違っているようです。「酣」とは「酒を飲んでうっとりとするさま、また、酒宴が進んで最も盛んなころあいになる」であり、転じて「物事が最高潮を迎えたさま」だそうです。「酣」の「酉」部分が酒を示すことは間違いない。ということで、このような場合には「甘」についても調べねばならない。

「甘」の字義は「あまい」でよいのですけど、もともとの意味は「食べ物などを時間をかけて口の中に含んで味わう」ことだそうです。まあ、そういうことで、酒を飲んでから酔いが回るまでとか、宴会が盛り上がるまでといった、一定の時間を経て「最高潮」に達したことを示す文字になったのかな。

ちなみに、中国で出版されている、古典を調べる際にとても役立つ「辞源」という辞書にでは、まず「飲酒而楽」(酒を飲んで楽しむ)と書いています。

古代中国の宴会のようす

ただ、中国人にとって「酒を飲む」とは、一人で飲んでいるんじゃなくて、儀礼としての意味を持つ宴席での楽しみであり、心を許す友と酒を酌み交わすなどのイメージが強いということも考えておかねばなりません。「飲酒而楽」で示されている用例も、宴会の記述や知人との別れの盃を交わした際の情景描写でした。「辞源」が挙げた「酣」の次の意味は「尽情」で、これは「心ゆくまでやる」の意です。

なお、現代中国語の辞書の説明は、「酣」の第一の字義を「(酒を飲んで)心ゆくまで楽しむ」として、用例としては<酒酣耳热(jiǔ hān’ ěr rè)>(酒を十分飲んで上気し耳まで赤くしている=ほろ酔い状態)という成語を、次の字義としては「たけなわである、真っ最中である」として用例は<酒宴正酣(jiǔyàn zhèng hān)>(酒宴まさにたけなわである)といった具合です。

さてさて、漢字の「酣」を先に調べてしまったのですが、もともとは日本語の「たけなわ」を調べねばならないのでありました。私が愛用の小学館国語大辞典は、「たけなわ」の語義として、まず「『長(た)ける』と同源」と説明してから「ある行為・催事・季節などが最も盛んに行われている時」「やや盛りを過ぎて衰えかけているさまもいう」のように説明しています。

漢字の「酣」は、“酒がらみ”で発生した言葉ですが、日本語の場合には、「長ける」と同語源で、「長ける」は「高い」が動詞化して発生した言葉とされていますから、本来は植物や人の成長とイメージが重なる言葉だったのかもしれません。だとすれば、「春たけなわ」といった言い方は、日本語本来の感覚にぴったりとそぐう表現と言えそうです。

「春たけなわ」は日本語本来の語感にぴったりそぐう表現か

Posted by 如月隼人