ユーゴスラビア娘との思い出(2)そして両人は“最後”まで……

北京に留学した時の思い出。会話をかわすようになったユーゴスラビアの美女学生のアニーが、なぜかひとりで私の寮の部屋にやってきて、妙に真剣な雰囲気で、「ユーゴスラビアの女の子が日本人の男の子を好きになったと想像して。彼女の心の中に、どんなことが起こると思う?」なんて言い出したという話でしたね。


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私も男の子ですから「こりゃ、ひょっとしたらひょっとして」と思いましたよ、正直な話。そこで「どのユーゴスラビアの女の子が、どの日本人を好きになったんだい?」と聞いてみた。すると、アニーは私の瞳を見つめて「私が好きになった。Kを好きになった」といいました。


Kと言っても私じゃありません。私の寮のふたつ隣の部屋にいた、高校を卒業してすぐに北京に来たK君です。心の中で「あっそ」と思いつつ、動揺は少しも示さず、もう少し聞いてみることにした。


要するに、アニーがK君を好きになった。つきあいたいけれど、日本や日本人のことは全然知らない。女性から「つきあってほしい」と申し込んで、はしたない女と思われないか心配だったそうです。要するに、それで悩んでいた。ああ、ややこしい。


考えてみると、私の部屋に入った時に自分でドアを閉めたのも、こんな話を第三者に聞かれたくなかったということかもしれない。


K君は、わりと小柄だったけど、男の私からみても、かなりのイケメンでした。まあ、K君とつきあいたくなったというのも、納得できる。


そこで、今の日本なら、女性から男性につきあってほしいと言っても、おかしくない。もちろんYESかNOかは、分かららない。ただ、日本人はYESかNOをはっきりさせないくせがある。特にNOをはっきりさせないことが多いから、はっきりとしたYESでなければ、NOと思った方がよい。よく分からなかったら、相談に乗るよと言いました。


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それからです、大変だったのは。アニーはほとんど毎日、夕方になるとやってくるようになった。そして日本や日本人のことを「根ほり葉ほり」聞くのです。何を食べているのか、休日には何をして遊ぶのか、街の様子はどうなのか、ユーゴスラビアのことを知っているのかなんて、延々と続きました。


一番、閉口したのが、日本の子どもにはこんな遊びがあると、「じゃんけん」を教えた時です。石とはさみと紙が「三つどもえ」になって勝負を決めることがたまらなく面白かったらしく、たっぷり30分はつきあわされた。「じゃんけんポン!」とやると、「私がはさみであなたは紙、私の勝ち!」なんて、けらけら笑って喜んでいる。気持ちは分からないでもないけど、こちらとしてはとにかく退屈なので、「あっち向いてホイ」を教えましたが、それにはあまり関心を示さなかった。


“高度”すぎたのかもしれない。けれど、一番の理由は、とにかく「じゃんけん」そのものが目新しくておもしろかったことみたいです。とにかく疲れた。じゃんけんをしたとたん、こちらは勝ち負けが分かるのですが、相手が「えーと、私が石で、あなたがはさみ」なんてやっているのに、つきあわねばならない。いやいやつきあっている様子をみせたのでは、ちょっと気の毒だから、多少はおもしろがっているふりもせねばならない。疲れた。


それからは、アニーはやってくるたび、じゃんけんをせがむようになった。さすがに30分もすることはないのですが、日本のことをいろいろ教えていると突然、手をグーの形にして、顔の横あたりにふりかざす。それが「じゃんけん、しよう」の合図で、それからしばらく「勝負」が続くことになる。少なくとも、アニーが勝つまでは続く。


そうそう、私は「アニーがつきあいたいと言っているよと、K君に言ってみようか」との申し出たのですが、きっぱり断られました。自分の問題だから自分で言うとのことで、その点は、「しっかりしているんだなあ。日本人とはちょっと違うかもしれない」と思いました。


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気がつくと、しばらくアニーが私の部屋に来ていない。K君につきあいたいと言い出して、2週間ぐらいたってからだったかなあ。どうしたのかなあと思っていたら、寮から教室のある校舎に向う途中で、ばったりと会った。K君とのことを聞いてみると、なんと「つきあっている」と言うじゃ、ありませんか。「ありゃりゃ」と思いましたが、つきあいはじめたからこそ、こっちに来る必要はなくなったのでしょう。こちらは少々いたずら心も出て、「どこまで行った」なんて聞いて見た。そうすると、アニーは満面の笑みを浮かべて「最後まで」と言う。


こりゃ、さすがに驚いた。最近の若者は、とにかく進展が早い。で、こちらの動揺を抑える意識も働いて、思わず「どこで?」と言った。アニーもK君も2人部屋でしたからね。当時の北京に、そんな「気のきいた場所」があるわけでもなし。おぢさん的には当然、「どこで、どうして」という疑問が頭をもたげる。


そうするとアニーは屈託のない表情でこたえました。「外で」。


んんん? よく分からなくなってきた。語言学院は、たしかにだだっ広い。日本ほどぜいたくに照明があるわけじゃないから、夜中になると、運動場の端っこやらなんやらで、真っ暗になる場所も結構あった。具体的にはいったいどこで? と思わないでもなかったが、紳士としてそれ以上の追及はやめました。


ま、順当といえば順当な推移ですよね。「北京の恋の物語」も私の手から離れたと思いました。ところがそうじゃなかった。どんでん返し。私はしばらくして、“大変な経験”をすることになった。(つづく)