中国語ピンインの父、周有光さんが死去 111歳の誕生日の翌日に・・・晩年には共産党批判も

中国語のラテン語表記である漢語拼音方案(ピンイン)の策定と普及に尽力し「ピンインの父」などと呼ばれる周有光さんが14日、北京市内で死去した。周さんは1906年1月13日生まれで、111歳の誕生日の翌日だった。周さんは晩年になりしばしば、中国の民主化を主張して共産党を厳しく批判した。

周さんは江蘇省常州生まれ。経済学を勉強し、1933年から35年にかけて日本に留学(東京大学・京都大学)。戦後は上海の復旦大学や上海財経学院で経済学の教授を務める一方、文字改革(漢字の簡略化およびローマ字表記)にかんする著作を発表した。

1954年には政府部門である文字改革委員会に招かれ、そのころから文字改革の仕事に専念するようになった。文化大革命時期には地方に追いやられたが、文革後に復帰。文字改革委員会委員を1989年まで務めたが、その後も盛に著作を発表しつづけた。

2010年を過ぎると、中国の民主化を求めて共産党を批判する発言が目立つようになった。12年には香港メディアの取材を受けた際、中国共産党が西側の民主制度は中国の国情に合わないと主張していることに対して、清華大学の教授の言葉を引用して「中国の国情に合わないのなら、変えねばならないのは中国の国情だ。民主ではない」と主張。

13年には「中国に民主制は適さない? 中国人は西洋料理を食べるのに適さないと言うぐらい、馬鹿げた言い方だ」と発言。さらに腐敗問題について「腐敗官僚は捕まえねばならない。しかし腐敗官僚を捕まえることは、政府がよくなることを意味しない。問題は専制制度であり腐敗ではない。専制制度のもとでは必ず腐敗官僚が出てくる。民主制度では腐敗官僚が少ない。民衆が発言することができ、悪いことをすれば、次の選挙では投票しなくなるからだ。専制はだめだ」と、歯に衣を着せない体制批判をした。

 

中国メディアの中国新聞社は15日付で、周有光さんの死を悼み功績を紹介する記事を発表したが、晩年の政治面における発言は紹介していない。(編集担当:如月隼人)

 

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