3月11日に経験した「些細なこと」

あの大地震の日、3月11日に、私は徒歩で仕事場から自宅まで帰ることになりました。それまでに何度か、2駅とか3駅の区間を歩いて帰ったことはあった。ま、運動のためです。そんなわけで、全行程を歩いた場合、帰宅までの時間は6時間半程度とは、分かっていた。道も知っている。歩きはじめました。


これからご紹介する話をこれまで控えてきたのは、あまりにも些細かなと思ったからです。あの地震で命を落とした人も多い。家族を失った人も。それまで築き上げてきた財産をすべてなくした人も、大勢います。原発事故で、ふるさとに帰れなくなり、生活するすべを失った人も多い。私の体験なぞ、小さな小さなことです。でも、今後の何かの参考になるかもしれないと思い、ここに記録しておくことにします。


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あの日、地下鉄沿いの道路を歩いて帰った。全線不通で、結局は11日には動かなかったと思う。でも、駅の入口は開いているし、中には照明がともっている。「終日不通」とは知らないから、最初のうちは階段をおりて行って、駅員さんに様子を聞きました。「おそらく今日は、電車は動かない」なんて説明を聞き、がっかりして地上にあがる。疲労は倍増です。


しばらくするうちに、駅によって対応が違うことに気づいた。地上にある地下鉄の入り口に手書きの表示があり「全線不通です。本日、復旧のめどは立っていません」なんて書いてある。これだったら、わざわざ地下に降りて尋ねる必要はない。


やっぱり、ちょっとした心づかいが、周囲に対してよい影響を与えていきます。他人が「心づかいをしてくれたな」と感じれば、「ありがたい」と思い、こんどは自分も他人に心づかいをしようかという気持ちにもなります。


地下の改札口まで行き「本日、復旧のめどはありません」と聞いた時には、駅員さんの責任ではないと分かっていても「くそう」などと思ったのですが、駅の地上入り口に表示があった時には「駅員さんも、大変だなあ」などと、自然に思うことができました。


多くの人が他人によく心づかいをするだけでなく、他人の心づかいを敏感に感じ、さらに他人の心づかいを感じたら、「自分も周囲の人にたいして、もっと心づかいをするべきだな」と自然に感じられることが、日本人の強みかもしれませんね。