三国志の名将、朱然の墓から下駄を発見…「日本人は落胆」と論じるトンチンカン記事=中国

中国メディアの今日頭条は21日、三国志の名将として知られる呉の朱然の墓から木製の下駄が発見されたと報じた。内容は興味深いが、記事として必須要件である「時間」についての記述が曖昧で、中国古代に下駄が存在する事実が証明されたことで「日本人はつらいだろう」と主張するなど、かなり頓珍漢な報道だ。

朱然の墓が発見されたのは安徽省馬鞍山市。1984年6月のことで、大雨で山崩れが発生した際に墓の入口が露出した。近隣住民は墓の入口付近にあった古銭を持ち去ったので、公的な発掘隊の最初の仕事は、古銭などの回収だったという。

中国では偶然の機会で古銭などが出土した場合、周辺住民が「それっ」とばかりに群がって持ち去ってしまう事件がしばしば発生している。「経済の高度成長にともなう拝金主義と人心の荒廃が反映されている」といった説明がなされる場合が多いが、経済成長が本格化する前の1980年代前半にも、古銭を巡る「それっ」が発生していたことが分かった。

墓についてはその後の調査で、埋葬されていたのは三国時代の呉の名将で、国の重鎮として活躍した朱然と判明した。ただし、すでに盗掘されており、出土品は乏しかった。朱然は三国志演義で、蜀漢の関羽を捕縛した武将としても知られてている。

記事は、奥に別の部屋があり盗掘されていなかったことが、その後の調査により現在までに判明したと紹介。ただし、いつまでに判明したかは説明していない。

見つかった副葬品には、金器、銀器、玉器、漆器などや当時の古銭があり、考古学上の価値が極めて高いと紹介。記事は、副葬品の中に木製の下駄があったことを強調し、「日本の下駄と極めて似ており、下駄文化の源流は中国にあったことが証明された」と論じた。

記事はさらに、「日本は連日のように(下駄は)大和民族の文化と大法螺を吹いている。しかし、下駄文化の起源は確実に中国にある」と論じ、中国の古文書にも下駄についての記述があると紹介した。

日本人の多くは、自国に古い文化が多く残されていることに誇りを感じつつも、たいていの場合にはその源流は中国などにあると認識し、歴史上の中国を「リスペクト」する気持ちを持っていると言ってよいだろう。

中国メディアやネットユーザーは、自国に起源があるはずの文化について、韓国などで「起源はわが方にあり」などの主張が出ことに猛烈に反発することを繰り返してきた。しかし、中国メディアは一方で、他国において起源問題で「理不尽」と思える主張がない限り、自他を比較して相手を貶める記述はしないという節度を保つことが一般的だ。

今日頭条の上記記事は、事実関係の記載に不備があり、主張も独断的であることから、レベルがかなり低いと言わざるをえない。(編集担当:如月隼人)

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