「崖っぷちの村」で希望の暮らしを享受する愚公の子ら(4/6)新婚生活はどん底からスタート=河南省

常青さんと春蓮さんの結婚生活はどん底からのスタートだった。2人の子には恵まれた。しかし、とにかく貧乏だ。常青さんは現金を得るために家を離れて炭坑で労働をした。一家団欒は遠のいた。郭亮洞のことが知られるようになり、村には観光客が訪れるようになった。春蓮さんは無理をして、幼い子を連れてガイドや乾燥果物売りを始めた。生活があまりにも苦しいと落ち込むこともあった。しかし、苦しい子連れ労働が、一家の生活を大きく変える転機になった。
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2人が結婚した日、常青さんの伯父一家に200元を渡した。わずかではあるが、日本で婚約の際に男性側が渡す結納金のようなものだ。ところがその晩、常青さんは春蓮さんに、「親類から借りた金だった」と打ち明けた。春蓮さんは伯父らに事情を話し、200元を常青さんに返してもらった。

2人が結婚したのは1996年だった。結婚して4日、春蓮さんは再婚している母を訪れた。女性としての幸せをつかんだ娘と会い、母は泣いた。春蓮さんも泣いた。母子で泣いた。

常青さん・春蓮さんは2人の子に恵まれた。しかし常青さんは別の地方に行き、炭坑での労働を始めた。現金収入が必要だったからだ。親子4人の一家団欒は遠のいた。

しばらくして、郭亮村に観光客が訪れるようになった。村人らが作ったトンネルということで、郭亮洞が評判になったからだ。春蓮さんはガイドとしても働くようになった。郭亮洞は単純なトンネルではなく、片一方が外に向けて開いている「天窓」と名づけられた場所が30カ所以上ある。観光客にとっては絶景スポットだ。

しかし春蓮さんは、19番目の天窓だけは、どうしても外の風景を見下ろす気になれない。ちょうど父親が転落した場所だからだ。春蓮さんの気持ちはどうしても父親から離れられない。しかし、父親のおかげで気力をもらえることもある。

春蓮さんはガイドのかたわら、乾燥果物も売る。当初は幼い子を連れて仕事をしていた。あまりにも苦しい生活と、気持ちが落ちこむこともあった。しかしそんな時には決まって、父親のことが思い出された。命を投げ出して道路を作った人だった。春蓮さんは「人はそこまでやらないと、何もできやしない」と思いなおした。

村における観光収入は右肩上がりに増えた。2008年ごろだった。春蓮さんは乾燥果物の1日平均の売上高が20元に達していることに気づいた。1カ月で600元になる。考えてみれば、常青さんが苦しく危険な炭坑労働で得られる月収は500-600元程度のものだ。村で1カ月に600元が稼げるなら、一家が離れ離れに生活する必要はない。春蓮さんは常青さんに事情を説明した。常青さんは村に戻って生活することになった。(編集担当:如月隼人)

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Posted by 如月隼人