「崖っぷちの村」で希望の暮らしを享受する愚公の子ら(5/6)やっとつかんだ幸せ=河南省・郭亮村

常青さん・春蓮さんがやっとつかんだ幸せが、中国の経済成長の恩恵でもあったことは間違いない。多くの人が「少しでも多くの利益を上げよう」と狂奔していた。しかし常青さんらの考えは違った。「とにかく誠実であること」を第一にした。誠実でありさえすれば、商売の結果をついてくると考えた。
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常青さんは村に戻って生活することになった。そして2013年には、ゲストハウスとしての営業する新しい家を建てることもできた。とは言え、建設に着手しようとした2人の手元には10万元しかなかった。費用は80万元に達するはずだった。

2人は、食べるものも食べずに道路を作った父親らを思い出した。申書記は「10年で完成しなかったら20年をかけて完成させる」と言った。自分たちもそうしようと思った。借金はせず、予算を浮かせるために自分ら手でゲストハウスを立てることにした。

ようやく完成した。常青さんの父の名を取って、ゲストハウスの名に「明信」を用いることを提案する人もいた。郭亮洞の建設の発案者であり、責任者であった申明信さんの知名度は高まっていた。血のつながる息子が父親の名を用いるのだから、問題はないはずだ。

常青さんと春蓮さんは、申明信書記を記念することになるとは思ったが、常青さんの父の名を使って金儲けをするわけにはいかないと思った。そこで、「明」の文字だけを取ってゲストハウスの名を「明苑」とした。

2015年ごろになると郭亮村はますます有名になった。多くの家がゲストハウスを建てた。連休期などには客を少しでも多く受け入れるために、自分たちの居室は客室に当て家族は厨房で寝泊まりする家もあった。宿泊料は500-600元に値上がりした。

常青さん一家は、宿泊料をそれまでの200元程度に据え置いた。2人は、自分らの商売を支えているのは自らの誠実さと父親の名声と考えている。そして「本当に誠実に商売をしていれば1は10を呼ぶ、10は100を呼ぶ。困ることはない」という考え方だ。(編集担当:如月隼人)

 

 

 

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Posted by 如月隼人