雑感:中国で「立憲共産党」が発足する可能性はないと改めて気づいた…「近平ファーストの会」の一強だ

中国共産党の広東省委員会の書記が交代しました。これまでの胡春華氏が離任し、李希氏が就任しました。広東省で全省指導幹部会議が開かれて、胡春華氏もいわゆる「離任の辞」を述べました。「例によって」というしかないのですが、胡氏は改めて習近平総書記(国家主席)を絶賛しています。

 

「(習近平政権が発足した2012年秋の)党の18回大会以来、広東は各事業で重要な進展を得た。これは習近平総書記の情熱ある関心と自らが指導をした結果であり、習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想の正しい牽引の結果だ」などと述べています。これはもう、「改めて全面服従を誓った」とでも形容するしかない。

しかし、理屈を考えればやはりおかしいのですね。胡氏と習氏とに考え方の違いがあることははっきりしている。同じ共産党の「土俵の中」ではありますが、結構違う。胡氏は胡錦涛、李克強の系譜につながる人物です。いわゆる団派と呼ばれるグループの一員です。中国共産党の一党支配体制を「大前提」としているのは同じ。統治の「手綱」を手放すことは絶対にしない。ただし、手放しはしないが、「手綱を使う状況は可能なら少なくすべき」との考えが目立ちます。

具体的には、政府の経済に対する干渉を、できるだけ減らそうとしてきました。習近平総書記は18日に発表した活動報告で、今後も党の「絶対的指導」を強化していくことを繰り返し強調しています。党の指導も政府の干渉も同じことですからね。かなり違う(ちなみに、「習近平報告」の翻訳を続けていますが、下手したら1カ月以上かかるかもしれない。ぐすん)。

さて、気を取り直して話を戻します。習近平氏にも胡華春氏にも、「祖国をもっとすばらしい国にしよう」との信念があると信じます。まあ、政治がきれいごとだけですむと思うほど私も純情無垢ではありません。汚いこともするだろうし、せざるを得ない状況も多いだろう。ただ、「国をよくしたい」と思う気持は強くもっていると思います。「オレがやらねばダメなのだ」との自負心も強いはず。そうでなければ、とてつもない激務をこなせるわけがない。

そして、国政の中心に近い地位にある人物なら「では、どうすればよいか」とのビジョンを持っているはずです。習氏と胡氏のビジョンは異なる。ただ胡華春氏は、自分のビジョンとは異なる習氏のやりかたを、公式の場で絶賛せざるをえなかったわけです。

日本だって、そういう状況はありますよ。でも現在の中国の「国を挙げて」の習近平大絶賛は、やはり異常に見えます。日本だったら、主流からつまはじきされた人が、「主流とは考えが似ている部分もあるが、承認できない部分もある」として、別の党派を作ることもできます。そこまでしないでも「反主流派」を表立った形で旗揚げすることができる。中国ではできない。そんなことをしたら、政治生命が完全に断たれる。

 

胡氏の28日の発言は、フェイスブックでよくコメントしてくださる磐井亀次郎さんが「犬でいうところのお腹上に向けて転がっちゃう感じ」と評されましたが、まさにそうですね。

もちろん、「お腹上に向けて転がっちゃう」までしても、前途が明るくなるわけではない。権力者からいったん「あいつはダメ」との烙印を押されたら、せいぜいのところ逆風をわずかにやわらげることができるかどうか。それ以外には、権力者が去って別の風が吹き始めることを待つしかない。主流派に対抗できる「親分」を風よけにできるかもしれませんが、あまりやりすぎると逆効果です。

下手したら、政治生命どころか社会生命や、本当の命まで失いかねないことになります。文化大革命のころは、そういう状況が数限りなくあった。その後はかなり改善されましたが、習近平総書記は文革時の毛沢東主席なみの権威を獲得しようとしているわけですしね(「何が習近平をそうさせたか」については別途考察が必要)。

そんなわけで、「中国で『立憲共産党』が発足する可能性はないのだ」と、改めて思った。もっとも今の中国共産党は「近平ファーストの会」あるいは「近平の党」になってしまっているわけですが。もっとも、習近平氏の権力基盤がどこまで強固であるかは不明。なにか問題を出せば、不満が噴出する可能性もゼロとは言えない。まあそれも、よくある話ではありますが。

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