懺悔の値打ちもない文章…人民日報が失脚幹部の「反省文」を批判

中国では時おり、腐敗問題で失脚した幹部が自ら書いたとされる「懺悔(ざんげ)録」が公開されることがある。内容はいずれも、自らが共産党員としての理想を失い、規則や法を犯して犯罪行為に手を染めた経緯や当時の考え方、さらに現在の心境をつづった「反省文」だ。中国共産党機関紙の人民日報は2日、一部の失脚幹部の「懺悔録」は形式的で内容が空疎と批判する論説を掲載した。
 
論説は内容の伴わない記述の典型として「私は農民の息子だ」「小さいとき、家はとてもまずしかった」などの感情に訴える部分が大きかったり、罪を犯す経緯について「官界の悪習」「暗黙の規則」など、責任を逃れようとする記述があると指摘。さらに、失脚前の業績については誇大に書く傾向があると論じた。
 
内容の伴わない「懺悔録」が書かれる原因としては、「小さな知恵」などを用いて自らの「面子(メンツ)」を少しでも多く残したい心理があるためと分析した。
 
中国共産党は、「懺悔録」に反面教材としての価値を認め、すべて公開することを求めている。人民日報は、内容が空疎な「懺悔録」を途絶することも、現実的な意義があるとの考えを示した。
 
記事はまた、内容が空疎な「懺悔録」を書く人物は、「かつて持っていた権力の味を思い出すか、現実的ではない幻想に耽溺している」と主張。「真剣に自己を反省し、自己を改造することだけが正しい道」と論じた。
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◆解説◆
上記記事には「懺悔録」を「すべて公開」することが求められているとあるが、実際には共産党側が認めた「懺悔録」だけが公開されていると考えるべきだろう。記事は、「懺悔録」として認められる基準を、さらに厳格化する動きを示すものとも解釈できる。
 
上記記事にはさらに、すでに失脚した「大物幹部」を、改めて間接的に批判する意図を持つ可能性がある。仮にそうであるなら、批判の対象としてまず思い浮かぶのは中国共産党重慶市委員会の孫政才前書記だ。同記事で特に気になるのは、冒頭の部分で内容が空疎な「懺悔録」の典型的パターンとして「私は農民の息子」との書き方を紹介していることだ。
 
孫前書記は失脚前「農民出身」「農業の実情をよく知る人物」などと紹介されることがあった。孫前書記は山東省栄成市の農村部出身で、北京大学で農業を専攻して農学博士号を取得。農業関係の研究所の所長なども務めた。政界入りした後も、中央政府・農業部部長(農業相)や農業地域である共産党吉林省委員会の書記を務めるなど、農業に関係ある役職を務めることが多かった。
 
孫前書記の失脚は2017年7月だったが、同年11月下旬になっても改めて批判する記事が発表されるなどの動きがあった。抵抗が根強いことを示すと考えてよい。(編集担当:如月隼人)

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