ベッドでもだえた…からみにからんで「出そうで出ない」悩み

いやあ、本日は起床の際、久しぶりにベッドでもだえてしまった。何がって? アレですよ。


目が覚める時、なんかの旋律が頭の中で響いた。まあ、クラシックの曲の一部で、交響曲にある節回しということまでは分かったけど、曲名が出てこない。とても親しみやすい旋律だから、おそらく有名な曲だろう。古典派じゃない。ちょっとロマンティックな香りがする。でも、そこから先を思い出せない。どう頑張っても出てこない。


クラシック、とくに割と長い曲の場合には、1曲の中にいろいろな旋律を使います。それをからみにからめる。もっとも作曲家によって、ずいぶん違う。


モーツァルトでは、実のところあんまり絡まない。すごく親しみやすくて、非和声音なんて“隠し味”を使っている旋律があふれるように出てくるんだけど、第2の旋律とはあまりまじわらず、スパンと移行することが多い。そのあたりが衝撃的。そして、あれよあれよといううちに音楽は流れていく。


ベートーベンは結構強引。無理やり絡める。相手の都合にはかまわず、「オレはこんなに想っている。からみたいんだ。有無はいわせぬ。いいだろ!」なんて部分がある。いや、何かのたとえではありませんよ、別に。


ブラームスはねちっこいなあ。旋律がからみにからんで延々と続く。ムードを出して盛り上げていくんだけど、フィニッシュに至るかと思えば、また1歩引いてから再び絡む。「最後はどうやっておさまりをつけるのだ」なんて思えてくる場合がある。


あ。また話がそれた。要するに、クラシック音楽の場合にはそんな曲の作り方をすることが一般的ということでした。主要な2つぐらいの旋律を絡ませるだけでなくて、それとは雰囲気の違う旋律がちょっとだけ顔を出す場合もある。


目が覚める時に頭に思い浮かんだ旋律は、そんな風に使ってある大きな曲の一部分だろうとは見当がついたけど、どの曲か分からない。ベッドの中でもだえにもだえた。


今日は午前中に病院に行く予定だったので、もやもやとしたまま家を出た。病院に着く少し前で、やっと思い出した。ああ、すっきりした。


ドボルザークの交響曲第9番「新世界から」でした。有名な曲の中でもとりわけ有名。でも、メインの旋律でない場合、そこだけが思い浮かんでも、どの曲か思い出せない場合がある。私にとって、ドボルザークとかマーラーの作品の場合、そんなことが結構多いみたいです。


ちなみに、頭の中に思い浮かんだ旋律は、下の動画の8分33秒から8分51秒ぐらいまでの部分。わずか18秒を思い出すのに、30分以上かけてしまった。

http://www.youtube.com/watch?v=vMwVGDVVIKE


私は音だけというか、音楽だけの夢を見ることがある。動画はなし、音声のみです。特に昔は多かった。今までに知らない素晴らしい曲を夢で見て(聞いて)、感動とともに起きたこともある。目が覚めると、あっという間に忘れる。


もう少し覚えておける能力があるとか、枕元に五線紙を用意しておいてすぐに書きとめるなんて努力をしていれば、ひょっとしたら今ごろは印税で楽ちんな生活ができていたかもしれない。われながら、中途半端な能力と根性だ。


今では、どっちかといえば「大間抜けネタ」を見つけて、「こりゃあ、大うけだ」なんて笑いながら記事にしている夢を見て目が覚めることがある。もちろん、現実の生活には役立たない。どっちにせよ、意味のない方面に精力全開です。