中国・習近平主席、「内モンゴル代表」として全人代に出席…権力闘争と関係の可能性

中国の習近平国家主席が、内モンゴル自治区代表として全国人民代表大会(全人代)に出席することが決まった。習主席が「内モンゴル代表」になったことは不自然であり、複雑な権力闘争が関係している可能性がある。
中国には全人代だけでなく、省や市などにも地方議会としての「人民代表大会(人大)」が設けられている。全人代の代表(議員)は、省(中央直轄市、民族自治区)の人民代表大会が選出する地方代表と軍代表で構成される。
 
2013年3月から18年3月までの任期だった第12期全人代の場合、省代表の人数が最も多いのは山東省の175人で、軍代表は268人だった(選出時)。
 
内モンゴル自治区人大は30日の会議で、3月に任期が始まる第13期全人代の同省選出の代表58人を決めた。自治区人大の議員がそれぞれの候補者に対して「賛否」を示したが、習近平国家主席は「全会一致」で全人代の議員に選出された。
 
 習主席は第12期全人代では上海市代表だった。習主席は短期間であったが、2007年に共産党上海市委員会書記を務めている。
 
第11期全人代(08年3月-13年3月)も上海代表だった。第10期全人代(03年3月-08年3月)では浙江省代表だった。習主席は02年から07年に欠けて浙江省の省長や共産党同省委員会書記などを務めている。
 
第9期全人代(98年3月-03年3月)では、任期の途中から「補選」の形で福建省代表になった。習主席は1985年から2002年にかけて福建省で勤務しており、最終的には福建省長を務めている。
 
習主席は前例を破って、勤務経験のない遠隔地の代表として第13期全人代に臨むことになる。
 
習主席は2017年10月に開催された中国共産党全国代表大会にも勤務経験のない「貴州省代表」として臨んだ。共産党貴州省委員会の書記は、習氏の「腹心」である陳敏爾氏だった。
 
内モンゴル自治区の共産党委員会書記の李紀恒氏は、もとは江沢民元国家主席に近かったが、その後は習近平主席に「忠誠」を示すようになったとされる。
 
李氏は16年8月まで雲南省委員会の書記だったが、同委員会副秘書長だった趙壮天氏は17年5月に「重大な規律違反」の疑いで調査の対象になった。失脚が確定したと言ってよい。
 
李氏と趙氏は共に広西チワン族自治区、雲南省で仕事をしており、趙氏は事実上の「李氏の筆頭秘書」だったとされる。雲南省では趙氏以外にも腐敗撲滅の摘発事例が続いた。
 
中国国内に拠点を置き、中国政府に反対する立場で報道を続けている複数のメディアは、習主席が李氏を守るために雲南省から切り離したとの見方を示した。「超氏はいったん、李氏と共に内モンゴルに異動したが、短期間で雲南省の原職に戻された」との報道もある。
 
一方、内モンゴルでは、経済指標や政府収入の「大きな水増し」の指摘が続いている。李氏の書記就任以前に行われた不正であり、李氏が習近平主席への「忠誠」を示すためにも責任を厳しく追及する可能性がある。
 
共産党の位置モンゴル委員会の前任者は胡華春氏(2009年11月-12年12月)、王君氏(12年12月-16年8月)など。胡氏は胡錦濤前国家主席、李克強首相につながる、いわゆる中国共産主義青年団に属する人物(団派)で、習主席が「最も排除したい」と考えている人物のひとりとされる。王氏も山西省長を務めた時代に、団派の代表的人物のひとりであり省委員会書記だった袁純清氏と密接な関係を気づいており、「ほぼ団派」の人物とする見方がある。(編集担当:如月隼人)

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