記者が自分の胸まさぐって身もだえする編集部の昼下がり

あ。また始まった。いや、いつもより“ひどい”かな。片手で受話器を握りしめ、もう片方の手は自分の胸に這わせている。時おり、わしづかみ。そして身もだえ。元好青年のA記者。サーチナ編集部の昼下がり。ちょいと前の話です。


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いや、取材なんですよ。取材と言っても、いろいろあります。まず、自分自身で足を運んで、相手から話を聞いたりする取材。本格的な取材活動です。それ以外にも、書類に当たってウラを取ったりするのも取材。記事作成の材料を収集するのだからレッキとした取材です。それ以外に、電話取材なんていうのもある。A記者が今やっているのは、この電話取材です。


A記者は熱血漢。普段は温和なのですが、言うべきことは信念を持ってビシッと言う。どちらかと言えばやせ型かな。ガリガリというのではなく、引き締まった体つきです。


主に経済関連の記事を担当しています。この日は、女性用下着の新製品発売の記事を書くことになった。発売元は日本企業です。われわれ編集部の朝の打ち合わせの時に、「本日は××時ごろに電話取材をします。ちょっとうるさいかもしれないけど、よろしくお願いします」なんて宣言する。


むしろ、気を使わねばならないのは他の部員です。編集部内の会話が先方に聞こえてしまうだろうから、取材中は無駄話なんかしないよう気をつける。


電話取材というのは、もどかしい部分があります。相手の表情が見えない。実物で説明してもらうこともできない。それでいて、先方の説明をしっかり理解せねばならない。


よく分かっていないのに「分かったつもり」になって電話を切ったのでは、記事を書く段になってハタと困る。「あれ!? やっぱり分かっていなかった」なんてことになる。そうなると、先方の迷惑を承知しつつも電話をかけなおして、聞き直すなんてことになります。


A氏の場合、電話取材を始めると、だんだん声が大きくなる傾向がある。もちろん、ケンカ腰で取材しているわけではありません。先方に対して「すみません。そこがまだ、よく分かりません」、「そこをもうちょっと詳しく教えてださい」なんて気持ちが強まってきて、声も大きくなる。そして、身振り手振りが始まる。


もちろん、電話相手に見えるわけはない。それでも、と言うか、それだからこそ、自分自身の肉体感覚をも動員して、相手の話をキッチリ理解しようとする。


A記者は、かなり大きな声になってきた。言うことが耳に飛び込んでくる。話の内容が大体分かる。今となってはややうろ覚えですが、なんでも「××筋」とかいうのがあって、それが女性のバストの形を維持するのに、とても大切。新製品のブラジャーは、その「××筋」に注目して、美しいバストを保てるように工夫したとのことでした。


A記者は、その「××筋」とバスト維持の関係を、理解しようとしている。企業側の発表を文字化して、「記事1本、出来上がり」にしようと思えばできるのですが、A記者はそう考えない。「自分が納得できないことを、読者の皆さんにお伝えするわけにはいかない」という信念がある。だから、心から「なるほど」と思えるまで聞く。熱がはいって身振り手振りが大きくなる。


受話器を持っているのとは反対の手で自分の胸をいろいろにつかんで、その「ナントカ筋」とバストの関係を確認している。本人は無意識みたいです。


企業の人というのもいろいろで、中にはしつこくたずねると面倒がる人もいます。一方で、自社製品について熱心に尋ねられると、一生懸命になって説明してくれる人も多い。そういう場合には「良心的な仕事をしたからこそ、自信があるのだな」と感じますね。書き手も改めて、「製品の特徴をきちんと記事化しよう」と、気が引き締まるものです。


A記者の取材相手は、体をさまざまに動かした場合に、「ナントカ筋」がどのように作用するかなんて、説明しているみたいだ。A記者は、自分の手で胸をつかみながら、身もだえしております。そうだなあ、10分ぐらいは続いたかな。


取材を終えて受話器を置いたA記者は、上半身を椅子の背もたれにゆだねて、「ふぅ~~!」と大きく深呼吸しました。


私が「今日の取材は、とりわけ気合いが入っていましたね」と言うと、A氏は、「いやあ、思わずやっちゃうんですよね。とにかく、相手が見えないともどかしくてね」と、照れくさそうに笑いました。