雑感:人を動かす政治家の言葉=世界で絶賛のNZ議員の演説、これに比べりゃ日本の政治家のレベルは…

 

 

 

ひょいとツイッターを見たら、こんな投稿がありました。これ、すごいなあ。不勉強にして知らなかったけど、とにかくすごい(動画はこちらから)。
ニュージーランドの議員が、2013年に同性婚を認める法案の審議の際に行った演説だそうです。この法案に是非については論じません。。ただ、この議員の演説、人を動かす「言葉の力」について、とことん考えさせる。
反対意見の人にも敬意を示し、それでも自分の主張の正しさを訴える。しかも、ユーモアを交えて、議場を沸かせたりもしている。論争の相手を無理にでもツブそうとする「反対のための反対」では、決してない。自分の主張に共感してもらうおうとする「訴え」がしっかりとつまっている。
聞く者の意表を突く指摘が次々に出る。しかし「たしかにそうかなあ」と思わざるをえない。人の心を読み切って、言葉を繰り出す。自己を目立たせようとして「大見得」を切ることはしない。反対論者に対する揶揄なども一切なし。自分の主張をあくまでも正攻法で訴える。
振り替えって、日本はどうか。国会なんかの論戦での言葉のやりとりの貧相さを思い出してがっかりしてしまいます。野党として追及する側も、与党として受ける側も、話す言葉の貧しいこと。揚げ足取りにもならない揚げ足取りをしたり、回答になっていない回答をしたり、その場逃れの無責任な発言をしたり、そんなことばかり。
日本は古来から「言霊(ことだま)」を極めて重視した国なんですけどね。言葉には霊力があって、現実世界を動かす力があると気づいていた。日本人の「言葉力」はどうしてここまで、堕落してしまったのか。暗澹たる気分にもなります。