12/8真珠湾攻撃の日に思う…日本は同じ過ちを繰り返していないか?

本日は真珠湾攻撃(日本時間1941年12月8日)です。ふと思ったことがあるので記しておくことにします。
ここではあの戦争の是非(善悪)については触れません。ただ、まずは日独などの敗戦で「だれが得をしたのか」ことを考えてみます(終戦時点)。
日本との戦争に大きくかかわった当事者としては蒋介石ですね。自力ではとても対抗できない日本を米国と「嚙合わせる」ことで敗北させた。それから英国のチャーチル。日本と英米と戦争に→日独軍事同盟の関係で米独なども戦争に。ということで、米国は欧州戦線に参加することができた。これは英国が対独戦争に勝利する決定的な要因になった。
ナチスドイツの欧州完全制覇を拒めた点で、米ルーズベルトも受益者。もちろんスターリンも。
ここで考えるのは、日本を戦争に踏み込む状態に持って行った中国の動きです。蒋介石夫人の宋美齢なんかが米国で、さかんに宣伝活動をしていた。米国世論を動かすのに大きな力があったといいます。つまり、情報戦略では「攻め」の姿勢がはっきりしていた。
当時の日本は情報について「秘密主義」を徹底していた。当時日本にいた外国人の報道関係者も「非常に陰湿」などと評していたといいます。戦艦大和なんかの建造も「極秘中の極秘」としていました。
戦艦大和の建造を極秘にしたのは「情報管理の非常識」だったと主張する文章を読んだことがあります。当時の日本はまだ、米国との開戦を望んでいなかった。そのような場合、自国の軍事力を強大に見せるのが情報戦略の常道だというのです。
「相手が強い」と思えば、外交上でも強硬策は取りにくくなる。緊張が本当に高まっても開戦は躊躇する。だから自らを強大に見せる。逆に、こちらが開戦を決意している場合には、新兵器を隠す。緒戦段階で、敵に対応させないためです。この情報戦略を最も巧みに使ったのがヒトラーだと言います。
つまり、情報戦略については「何を、いつ、どのように出すか」が重要ということです。場合によっては積極的に「宣伝」せねばならない。
さて。現在の情報戦あるいは宣伝戦について考えます。中国は自国文化の宣伝にとても熱心です。国家プロジェクトとして世界各地に「孔子学院」なんかを設置している。自国に対する「文化における親近感」を世界中に広めようと努力している。その上で、中国の主張に対する「聞く耳」を世界に広げようとしている。「孔子学院」については批判の声も強いのですが、「自国を宣伝しよう」という方針そのものは「王道」と考えます。
中国だけではありません、韓国も自国語の海外普及に熱心です。それからトルコもです。
日本についてはどうか。音楽やアニメなど日本のいわゆるサブカルチャーに対する評価は世界中で高い。ただ、戦略眼をもって進めたのでなくて、商業ベースでよい物を作ったら、それが結果として評価されたとしか思えません(後になって政府が相乗りしたりしてますけど)。
私が気になっているのは、日本文化のもっと基盤になるもの、たとえば日本語の普及なんかに、それほど力が入れられているとは思えないことです。少なくとも、中国の動きに比べれば足元にも及ばない。私は世界各地に「聖徳太子学院」なんかを作って、日本語や日本文化の海外普及をどんどんやるべきだと考えています。
話は変わりますが、柔道の国際ルールが「柔道の本来の姿とは離れた方向への改正が続いている」なんてことも聞きます。柔道はスポーツとしての国際普及に成功したのですが、柔道を生み出した日本人の考え方を総合的に伝えきれてこなかったことが、一因になっているのかなあ、とも思っています。
日本語の対外普及については、たとえば「日本語教のすすめ」(鈴木孝夫、新潮新書)などをお読みいただきたいと思います。(編集担当:如月隼人)