電波望遠鏡の設計に見出せる「ゼロ戦」の思想

 
 
こんな記事を見かけました。
戦前の航空機開発に関心があり、マニアとまではいかないのですが、いろいろな文章を読むようにしています。
さて、日中戦争やその後の対米英戦に投入させた零式艦上戦闘機(零戦、ゼロ戦)の話です。防御の備えがほぼ皆無で、下降速度にも限界があるなど問題も大きかったのですが、操縦性のよさは圧倒的だったと言います。その操縦性を向上させた秘密のひとつに「剛性低下方式」というものがあります。零戦開発の当時は航空機関連技術が急速に進歩した時期で、速度も急速に向上していました。尾翼で舵を切るのですが、この時代には操縦桿と尾翼の可動部分をワイヤーでつないでいました。
高速で飛行中には尾翼に大きな力がかかります。いわゆる空気抵抗です。そのため、ワイヤーが伸びてしまう。言ってみれば、操縦桿を「10」動かしても、尾翼部分は「5」しか動かない。それではダメだということで、各国の航空機開発陣は「強い張力をかけても伸びないワイヤー」を求めていたといいます。
ところが零戦では逆の発想をした。「強い張力がかかった場合、適度に伸びてしまうワイヤー」を使ったそうです。すると、高速飛行時にはワイヤーが伸びてしまって尾翼が動く角度が小さくなるので、舵の効き具合が弱くなる。ところが、操縦士からすればGのかかり具合もあり、高速飛行時はそもそも舵が強く効いているように感じる。つまり、速度に合わせてワイヤーが適度に伸びるようにしたことで、高速飛行時も低速飛行時も同じ感覚で舵を切れるようになったそうです。
これを「剛性低下方式」と呼びました。零戦の昇降舵に使われたそうです。米軍は不時着した零戦を鹵獲して性能を徹底的に調べたのですが、この「剛性低下方式」には最後まで気づかなかったと聞いたことがあります。
さて、話は変わります。天文学者の海部宣男氏が行った講演に出席したことがあります。海部氏は冒頭で「必ず聞かれるので最初に説明しておきます」とおっしゃいました。海部俊樹元首相とはいとこの関係にあるとのこと。「同じ血筋ではありますが、思想はずいぶん違います」との説明に、教室は大爆笑でした。
さて、講演のテーマは国立野辺山天文台の電波望遠鏡についてでした。当時、電波望遠鏡の建設では、使用するパラボラアンテナを大きくしようと世界的な競争状態だったそうです。直径が大きな方が、より微弱な電波をつかまえられるので新発見につながるからです。
ここで問題が起きました。パラボラアンテナを大きくすると重量が大きくなってしまう。その結果、アンテナが歪んでしまう。それでは、電波を正確に集められない。電波望遠鏡としての性能が低下する。
そのため、世界各国では「頑丈なアンテナ」づくりで頭を悩ませていました。日本のスタッフはここで「逆転の発想」をしました。「望遠鏡が歪んでしまってもよいではないか。計算通りにきちんと歪むようにすればよい」です。捉えた電波がきちんと焦点を結べばよい。焦点の位置は多少ずれてしまうのですが、受信装置をちょいとずらして、その焦点に持って行けばよい。そうすれば、精度の高いデータを得られる、とのことでした。
海部氏によると、野辺山の電波望遠鏡は、それよりもずっと大型の電波望遠鏡に引けをとらない性能を発揮したそうです。
その話を聞いた時、「これは零戦の剛性低下方式と同じではないか」と思いました。力押しにしても解決が難しい場合、問題点を逆に利用して良好な結論を見出す。ふたつの例だけでは何とも言えないかもしれませんが、「これって、日本的な発想と言えるのかも」と思った次第です。
でも考えてみれば、日本人は「とてもまじめ。しかも細かい」と言われます。もちろん大きな美質ではありますが、考え方が硬直しやすいという問題点もはらんでいると思います。零戦の場合も電波天文台の場合も、性能を向上させようと、「まじめにとことん」考えに考えたた上で、別の発想にたどりついたと推察します。
「まじめで細かく、徹底的に努力」した上で、「時には発想を柔軟に変えてみる」という習慣を持てば、鬼に金棒だと思うのですが、どうでしょう。