雑記:私自身の「記念碑」となった記事…この作業をしなかったら「チャイナボカン」もなかった

私が記者としての活動を始めたのは雑誌でした。その後、紙の週刊新聞の仕事などをしました。ネット記事を書き始めたのはその後です。
最初に痛感したのは、読者の反応がたちどころに分かることでした。それから、記事を読んでいただける「滞在時間」が短いことも分かりました。ということで、紙の時代とは異なる工夫が必要でした。ネタ選びや切り口はもちろんですが、文体についても相当に考えねばならないと思いました。
とにかく、長い記事でも最後まで読んでいただいて、「読んでよかった」感を得ていただこうと思いました。ある時、急いで書き上げる必要があまりない記事があったので、「これを使って、書き方を徹底的に研究しよう」と決めました。それが次の記事です。
書き終えては見直し、修正する作業を繰り返しました。かなり大規模に書き換えたこともあります。22回目の修正までは記録しましたが、その後も修正を繰り返したので、もしかしたら30回ぐらい手を入れたかもしれません。
勤務時間中に自分の記事の書き直しをしているわけにもいかないので、帰宅してからの深夜の作業でした。今、読み直すと、まだ「ヤボッたい」部分が多いのですが、この修正作業を通して発見した手法が、その後の私の記事書きの基本になりました。というわけで、この記事は私にとって「記念碑」です。
その後に書いた爆発シリーズなども、この修正作業を通して得られた経験を随分と応用しました。実はこの記事、掲載URLの変更などで長い間見つからなかったのですが、最近になり改めて発見しました。ということで、昔のことを思い出したというわけです。