東アジア今日は何の日:6月27日~中国初のカラー映画「生死恨」の撮影が始まる(1948)

 
上海市で1948年6月27日、中国初のカラー映画「生死恨」の撮影が始まった。同作品は1936年2月26日に初演された創作京劇の映画化。制作は華芸影片公司、監督は費穆。主演は20世紀を代表する京劇俳優の一人である梅蘭芳(メイ・ランファン、1894-1961年)。
 
梅蘭芳は祖父も父も京劇俳優だった。父は若くして亡くなったが、祖父は清朝時代の名優として名を残している。梅蘭芳の初舞台は10歳の時だったとされる。
 
梅蘭芳は1910年代から日本や欧米でも公演したことで舞台人としての名声が国際的にも非常に高かった。一方で、京劇関連の活動だけでなく「愛国者」としても知られている。「旦(女形)」として舞台に立っていたが、日本軍占領下では活動を休止。髭を生やすことで舞台に立つ意志のないことを強調した。舞台から遠のいたのは、日本の関係者が自分の演技を鑑賞することを拒絶するためだった。ただし、日本の歌舞伎が近代西洋演劇の手法を取り入れていることに刺激を受け、京劇の近代化を進めるなどもしている。日本については「学ぶべきは学ぶ」との考え方だったと思われる。
 
舞台作品としての「生死恨」の脚本を書いたのも梅蘭芳だった。時は宋と金が対峙していた12~13世紀。武人の程鵬挙と韓玉娘という少女が金軍の捕虜となり、裕福な家の奴隷にされる。二人は奴隷同士として強制的に結婚させられるが、深く愛し合うようになった。しかし韓玉娘は程鵬挙に、脱出して帰国し、金を打ち破ってほしいと願う。
 
韓玉娘の助けで脱出した程鵬挙は改めて金軍と戦い、武功を認められた。襄陽の太守(地方長官)に任じられた程鵬挙は韓玉娘を探し出そうとする。しかし韓玉娘は奴隷として転売されており、なかなか見つからない。ようやく探し当てた韓玉娘は重い病にかかっており、程鵬挙に抱きしめられて息を引き取る。
 
梅蘭芳自らが玉娘を演じた(写真)。映画版は舞台版を整理して上映時間を59分とした。中国では、その後も京劇など伝統劇の映画化が積極的に進められた。伝統劇は大衆にとって親しみのある娯楽/芸術であり、さらに舞台上演では分かりにくい演者の細かい表情や仕草もよく伝えることができるので、新鮮感も提供できたと考えられる。
 
世界初の長編劇のカラー映画(全編テクニカラー映画)は1935年公開の米国映画「虚栄の市」とされる。日本では1937年公開の「千人針」が初のカラー劇映画だが、上映時間は39分と比較的短く、長編劇と言える本格的なカラー映画は1951年公開の「カルメン故郷に帰る」(上映時間86分)を待たねばならなかった。(編集担当:如月隼人)

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