東アジア今日は何の日:9月1日~大韓航空撃墜事件(1983年)

1983年9月1日午前3時25分(韓国時間、日本時間、以下同じ)、樺太近く上空を飛行していた大韓航空007便ボーイング747型機を、ソ連軍のSu15-TM戦闘機がミサイル攻撃した。2発発射したミサイルのうち1発が命中し、007便は墜落。乗っていた乗客乗員269人全員が死亡した。
 
大韓航空007便は8月31日午後1時5分、米ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港を出発。目的地は韓国・ソウルの金浦国際空港で、給油のためにアラスカのアンカレジ空港に着陸した。アンカレッジ出発したのは同日午後9時50分だった。
 
007便は、予定ではアンカレジ出発後に南西方向に飛行しアリューシャン列島(米国領部分)を横切り、北太平洋をさらに進み、三陸海岸から日本の本州を横断して日本海に抜け、韓国に到達するはずだった。しかし同機はアンカレジ空港離陸後に北にそれ、ソ連領のカムチャツカ半島を横断した。
 
同時点で007便はソ連の領空を侵犯していた。ソ連軍は米軍機と判断し迎撃を試みたが接触できなかった。007便はオホーツク海上空を飛行し樺太(サハリン)南部を横断した。再びソ連軍の(Su-15TM)戦闘機)が出動し、007便を視認。航法灯と衝突防止灯の点灯も確認した。
 
9月1日午前3時21分には別のソ連機(MiG-23P戦闘機)が007便に警告射撃。しかし、MiG-23Pは発光して光跡を残す曳光弾を搭載しておらず、夜間でもあったため007便は気づかなかった。また、当時の旅客機は、軍用機の接近を探知することが困難だったという。
 
ソ連機は午前3時23分に攻撃命令を受けた。Su-15TMが赤外線誘導式とレーダー誘導式のミサイルをそれぞれ1発を発射。誘導方式の異なるミサイルを1発ずつ発射するのは、命中確率を高めるための通常の方法という。ソ連機が発射したミサイルのうち、赤外線誘導式のミサイルが007便の尾翼に命中した。
 
007便はソ連軍機に攻撃される以前の午前3時20分に高度変更の許可を求めるなど、東京航空交通管制部(東京コントロール)との交信を開始していた。攻撃後の午前3時26分には東京コントロールに機内での急減圧の発生と高度1万フィート(約3000メートル)までの降下を伝えたが、その後、交信が断絶した。
 
その後、ボイスレコーダーやフライトレコーダーの記録により、機長らが着弾後も左右のエンジン出力を変更するなどで機の安定を取り戻そうとしていたことが分かった。客室では2度に渡って悲鳴が発生したことが記録されている。
 
午前3時38分、ソ連及び航空自衛隊稚内分屯地のレーダーサイトから007便の機影が消えた。007便は機種を下げた状態で高速で海面に激突していたと考えられている。近くで操業していた日本のイカ釣り漁船乗組員も飛行機の爆音を聞き、海上での爆発を目撃するなどしていた。
 
007便の失踪についてはさまざまな情報が出た。「ソ連軍機により樺太に強制着陸させられ、乗客乗員は全員無事」といった誤報もあった。
 
米国政府は同日のうちに、ソ連軍機が007便を撃墜と発表。また、日本の漁船は007便機体の破片などを発見した。
 
ソ連は2日になり「領空侵犯機は航法灯を点灯していなかった」などと発表。米国のレーガン大統領はソ連を「うそつき」と厳しく非難。韓国、日本、西ドイツなどもソ連を厳しく非難した。
 
9月6日には国連安保理で、日本の自衛隊が傍受したソ連軍機の交信の音声が公開された。ソ連はその後、007便撃墜を認めたが「民間機を装ったスパイ機だった」などと主張した。
 
なお、韓国は当時、ソ連と国交がなく国連にも加盟していなかった。そのため、ソ連への抗議や交渉、国連の活動は日本や米国が行った。
 
ソ連は、回収したボイスレコーダーを引き渡さないなど、事故原因の解明に非協力的だった。しかし1991年には日本に対して詳細を報告すると表明。また、遺族に対する遺品の引き渡しも行った。
 
大韓航空機撃墜で、最大のなぞとされたのが、007便が航路を逸脱した理由だった。国際民間航空機関(ICAO)は、航路逸脱の理由として、慣性航法装置に入力ミス、起動ミス、切り替えミスのいずれかとしたが、それ以上の真相究明は困難と結論づけた。
 
007便撃墜事件発生後には、同機が米軍の指示を受けて、ソ連軍をかく乱して反応を探る情報活動の一環として領空侵犯をしたとの「陰謀説」も出たが、現在は一般的に認められていない。ただし結果として、007便がカムチャツカ半島を横断した際にソ連軍機が対応できなかったなどで、ソ連の防空体制の問題が露呈したとされている。
 
大韓航空は1978年にも、航路を逸脱してソ連の領空を侵犯し、ソ連空軍機に攻撃されて損傷し、氷結した湖に不時着する事態を起こしていた(日本人乗客1人、韓国人乗客1の計2人が死亡)。
 
【1983年のその他の出来事】
・インターネットの運用開始(1月)
・米海軍初のイージス艦、タイコンデロガが就役(1月)
・歌手のカレン・カーペンターさん死去、摂食障害に社会的関心(2月)
・東京ディズニーランド開園、米国国外初のディズニー・テーマパーク(4月)
・日本海中部地震が発生、秋田県などで大きな被害(5月)
・任天堂がファミリーコンピュータを発売(7月)
・フィリピンのベニグノ・アキノ元上院議員暗殺(8月)
・大韓航空機撃墜事件、乗客乗員269人が死亡(9月)
・ラングーン事件、北朝鮮がビルマ(現、ミャンマー)訪問の韓国・全斗煥大統殺害狙う(10月)
(編集担当:如月隼人)

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