東アジア今日は何の日:9月10日~日本初の「海軍学校」設立、中国に10年先行(1955)

 
江戸幕府は1855年9月10日(安政2年7月29日)、幕臣の矢田堀鴻と勝海舟に「汽船運転伝習」を命じた。日本発の海軍学校である「長崎海軍伝習所」の設立の発端だった。中国では福建省福州に初の海軍学校である船政学堂が1866年に設立されたのに比べて、日本は約10年先行した。
 
長崎海軍伝習所ではオランダ軍人を教師として、医学や航海術、造船学、砲術、化学、数学、測量術、機関学などを教授した。設立当初の目的は、オランダに発注した蒸気船2隻(後の咸臨丸と朝陽丸)の乗員養成とされた。
 
生徒は幕臣及び雄藩の藩士で、設立に携わった矢田堀鴻と勝海舟も第1期生として学んだ。矢田堀鴻は幕府の海軍総裁となり、明治維新後は徳川家の静岡藩転出に伴い、静岡に移った。その後、東京に戻り政府に職を得たが重用はされず不遇だった。
 
長崎海軍伝習所は3期生までを送り出したが、1957年に築地に軍艦教授所が開設されると、幕府の財政難が問題となり、洋式軍事技術の導入に消極的だった井伊直弼大老の意向もあり、閉鎖された。新設の軍艦教授所では主に、長崎海軍伝習所の卒業生が教師を務めた。勝海舟も教師陣に加わった。勝海舟は江戸幕府の軍艦奉行になった後の1864年には、神戸海軍操練所を設立している。
 
幕府系の海軍学校の卒業者は、幕臣であったために明治維新後は不遇だった者もいるが、それでも多くの卒業生は海軍以外の分野でも日本の近代化に貢献した。例えば佐賀藩藩士として第1期卒業生の佐野常民は西南戦争を機に、敵味方の区別なく負傷兵を救護する博愛社を設立した。博愛社は欧州の赤十字社にヒントを得た組織で、佐野は1887年に博愛社を赤十字社と改称し、国際赤十字にも加盟した。
 
中国では1866年に福建省福州馬尾港に、初の海軍学校である船政学堂が開設された。教師は外国人で、海軍に関係する学術を教授する、日本の長崎海軍伝習所によく似た組織だった。清では1875年に近代的な海軍組織である北洋水師(北洋海軍)が設立されたが、登用された人材のほとんどは船政学堂の出身者だった。
 
日本が中国に先行して「海軍学校」を設立した理由だが、17世紀後半から日本への「異国船」の接近が増えたこと、1840年に始まったアヘン戦争での清の敗北で、西洋諸国の軍事力に対する警戒心あるいは恐怖心が強まったこと、米国海軍のペリーによる1853年と54年の、いわゆる「黒船来航」で大きなショックを受けたことなどが挙げられる。
 
【1855年のその他の出来事】
・日露和親条約を締結(2月)
・パリで第1回万博が開催(5~11月)
・安政江戸地震(11月)

【関連】

東アジア今日は何の日(一覧)