宿命のゲノム(4/6)

「宿命のゲノム」、第4回です。

http://kisaragihayato.com/382 (第1回)


http://kisaragihayato.com/383 (第2回)


http://kisaragihayato.com/384 (第3回)

**********


毎日の血液採取、それから時おりの体からのサンプル採取の際、オレはベッドに横になるように指示される。たまにではあるが、服を脱ぐように命じられることもある。そんな時には目隠しを渡され、着用するよう求められた。


オレは、ベッドに横たわる。ベッドと言っても、別に運ばれた医療用のものだ。それに続いてLがするのは、体のどこかの皮膚や、腰や足からの筋肉組織の採取だ。胸骨に針を刺されて骨髄液を抜かれたこともあった。


皮膚や筋肉組織の採取の場合、メスを入れられる。局部麻酔が効いているので痛みはない。後で処置もしてくれる。とはいえ、麻酔が切れれば傷は痛む。肉体的には唯一、つらさを感じるサンプルの採取だった。


正確に言えば、“性的接触”が全くなかったわけではない。2度ばかりだが、精液を採取された。服を脱いでベッドに横たわるように命じられた。いつものように目隠しだ。


まず、注射を打たれた。そのまま数分間、放置された。Lが私の好みの音楽をかけてくれたからさほど退屈はしなかった。私のためにではなく、注射の効果が出るまで、私をおとなしくさせるために定められたマニュアルだろう。しばらくすると、体全体が熱を帯びてきた。


すると、股間に何か器具があてがわれた。そのまま刺激された。肉体的な感覚には逆らえず、しばらくして射精した。屈辱的でもあり、なんともいやな気分だった。


再び注射を打たれた。すると眠たくなってきた。私はいつしか寝てしまった。こんなにいやな気分の寝つきは、経験したことがない。


Lの命令に従うだけの毎日だった。約束の2カ月が経過した。その前日の夜、Lはオレに対して、翌日から完全に自由を取り戻すことになると宣言した。職業柄、書いた記事で当局に睨まれることはあっても、Lの所属する組織とはまったく別であり、Lの組織はオレの行動を束縛することはないと保証した。


とは言っても、オレへの観察は、オレが生きているかぎり続くのだろう。そう言ったら、Lは「むしろ自由に行動していただいた方が、いろいろなデータを蓄積できますから」と答えた。


Lにしては珍しい“失言”だった。組織がオレを観察しつづけるということを、告白したようなものだ。Lがどうして、そんなことを漏らしてしまったのか、ちょと不思議なほどだった。


翌朝、Lはオレに、マンションを立ち去るよう求めた。「自宅に戻るのは正午をすぎてからにしてください」という。それまで時間をつぶせということだ。2カ月間滞在したマンションから、オレの部屋に荷物を戻すのだろう。編集部には2日後に顔を出せば、以前と同じように仕事ができるという。


最後に、2カ月にわたる調査について、誰にも一切しゃべらぬことを誓約する紙にサインさせられた。Lがオレに接触することは2度とないという。Lは相変わらず冷徹な表情で「ご協力を感謝します。これで、一切が終わりです」と言った。Lを残して、オレはマンションを出た。


その後は、Lの言葉通りに、事が進んだ。昼過ぎに自宅に帰った。オレの持ち物は、記憶にあるかぎり、前とまったく同じ状態で置かれていた。多少違ったのは、Lと生活した際に、Lが使った食器類などが「おまけです」とでもいうようにテーブルに並べられていたことだった。


2日後の午前、編集部に足を運んだ。編集長は「お、予告通り戻って来たな」と言った。そして「急に党から君を使いたいなんで連絡があって、大弱りだったよ。秘密保持のため、君との連絡はできないというじゃないか。それでも、メールを使っての原稿の仕上げなら頼めるということだったので、なんとかなったよ」と言い出した。


どうやら、党関係の文書の作成で、記者の手助けが必要と言う話になっていたらしい。編集長も同僚も、それ以上は言わなかった。オレも言わなかった。

わが国のような体制では、それが処世術というものだ。政府に批判的な編集部といっても、ここは勝負をする場面ではない。LとLの所属する組織は、何の証拠も残していなかった。

オレの生活は元に戻った。