中国の友人に宛てた手紙

あなたは、私の書く記事が「中国のマイナス面」を強調していると言い、私の心の奥には「右翼的傾向がある」と言いました。


「右翼」の定義はさておくとして、私はさしたる理由なく中国に反発したり、中国の発展を妨害しようとするつもりは、まったくありません。むしろ逆です。中国のような大国が健全に発展してくれないと、隣国である日本はとても困ると考えています。これは、前にも説明した通りです。


「中国のことを、本当は支那と呼びたいんだろう」とも言いましたね。違います。私はあなたの祖国を「支那」とか「シナ」と呼ぶつもりは毛頭ありません。簡単なことです。「中国と呼んでほしい」と、あなた方が言っているからです。これが最大にして唯一の理由です。


ただ、この国名問題については、はっきりとお伝えしたいことがあります。少々長くなりますが、順を追って説明します。


日本には、「中国とか中華という言い方は、あまりにも自己中心的」と言う人もいます。でも、考えてみれば「日本」という名も、かなり自己中心的です。地球はぐるりと丸いのですから、日本だけが「日、いずる国」とは言えません。要するに、どの民族も自分自身に対して誇りを持ちたいものなのです。


あなたの国が東アジア地域で、極めて早い時期から高度な文化・文明を生みだしたことは事実です。その事実を踏まえて、中国/中華と自称したいことは、よく理解できます。


もちろん、現在も本気で「自分たちが世界の唯一の中心」と考えているようでは困ったものですが、そうではないと信じています。


ただ、分かってほしいこともあります。あなたの国では「支那」は蔑称と言う人がいますが、違います。そもそもの出どころは、あなた方の祖先が作った漢訳仏典です。


日本ではもともと、あなたの祖国を「唐土」などと呼んでいました。やはり、遣唐使時代の印象が強烈だったのでしょう。当時の日本は豪華絢爛たるあなたの国の文化・文明を懸命に吸収しました。いろいろ教えていただきました。本当に感謝しています。“外交辞令”ではありません。あなたの国に教えていただいたことを土台にして、私たちはみずからの国を形づくることができました。


さて、江戸時代になり日本人は、西洋諸国があなたの国を「チーナ」などと呼んでいることを知りました。英語のChinaもそうですね。語源は、あの始皇帝で有名な「秦」という説が最有力だそうです。


日本人は首をひねりました。「チーナとは、いったいどこから出た言い方か。漢字ではどう書くのか」と。そこで古い仏典から「支那」という表記を見つけだし、「これが、『唐土』を指す標準的な言い方か」と知ったわけです。


考えれば、あなたの国は、王朝が替るたび国号=国名を変えてきました。悪いというわけではありません。そういう伝統だったのですから。


でも、周囲からすれば、少々ややこしい。そこで日本では、時代によらず、あなたの国をあらわす呼称として「支那」を使うようになったのですね。


ちなみに、明治時代にあなたの国から日本に来た留学生は「支那」という名を、好んで使いました。刷新の気風、あるいは革命志向が強く、「清」という保守的な封建王朝の国号に反発したわけです。中国革命の父と呼ばれる孫文先生も、ある時期までは「支那」の語を盛んに使っていました。


すでに論じたように、21世紀の今、私はあなたの祖国を「支那/シナ」と呼ぶ気はありません。あなた方が同系統の言葉であるChinaを容認しているのは少々、気になるところですが、「漢字表記を用いる日本語では、中国/中華と呼んでくれ」という要請は、目くじらを立てるほど不合理とは思えません。


さて、ここからが本論です。あなた方は「支那」の呼称を拒否する理由のひとつに「さげすむような文字を使っている」ことを挙げますね。たしかに、「支」は「枝葉」、「那」は、あなた方の言葉で「あっち」という意味ですから、よい意味にはならない。この表記に反発する気持ちは、理解できます。


でも、あなた方が他国や他民族に使う呼称はどうでしょう。アメリカは「美国」、イギリスは「英国」、ドイツは「徳国」と呼んでいます。日本語における欧米諸国の漢字表記とは少々異なりますが、どれも、とてもよい文字です。いずれも先進国で、西洋諸国の事情がよく分かり始めた19世紀終盤を考えれば、とてつもない強国、いわゆる「列強」でした。


では、あなた方は「列強以外」の国や民族をどう呼んでいるか。たとえばモンゴルは「蒙古」です。「蒙」は「暗い」、「古」は日本語と同じですね。エジプトは? 「埃及」ですよね。「及」はともかく「埃」の「ほこり」はひどいと思いませんか。


そのほかにも、いくつか例があります。つまり、あなた方にとって、「この国/民族の力はたいしたことない」と思えれば、よくない文字を平然と使っているのです。大昔にも同様のことがあった。


昔のことはさておき、今でも続いています。 自分の痛みを主張するなら、他人の痛みも理解せねばならないと思います。習慣の問題もあり、面倒だとは思いますが、他国や他民族の呼称に「よくない文字」を使っているなら、思い切って替えてしまいなさい。しばらくたてば、違和感はなくなるはずです。そうでないと、あなたの祖国が「自分たちが世界の中心だと思っている」と批判された場合、反論しにくい。


私も、あなた方が他国や他民族の呼称に「よくない文字」を使っていることを思い浮かべるたびに、あなた方の国だけを、「中国とか中華とか、美しい名で呼ぶのは、不公平ではないかなあ」と、考えてしまいます。


size="2″>追伸:不思議に思うのですが、漢訳仏典では、なぜあなた方の国を「支那」と表記したのでしょう。「支那」の語源となった「秦」は紀元前にあった王朝。漢訳仏典が盛んに編まれた時期はそれから数百年たっていますから、すでにあなた方は使わなくなっていた「チーナ」が自分たちの国を指すとは思いもよらず、よくない意味の「支那」の文字を当てたのでしょうか。いや、いくら何でも考えすぎですよね。暴言をお許しください。