北京の映画館でどよめく観客、「針のむしろ」を体験

これも、中国留学時代の思い出です。

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ある時、中国人の女子大生がやってきた。新聞を持っている。これを見てほしいというので目をやると「日本映画の傑作。『伯林之恋』を上映」なんて書いてある。

「伯林」とはベルリンだから「ベルリンの恋」というタイトルだ。そんな映画、あったかなあ。

で、記事を見ると、「日本近代文学の代表的存在である森鴎外の原作」、「主演は元アイドルで、本格派の俳優に変貌した郷ひろみ」なんて書いてる。あ、そうか。「舞姫」か。「舞姫」じゃ分からないから、中国語タイトルを『伯林之恋』としたんですね。

当時としても、封切りして少々たった映画だったけど、北京でも上映することになったのかあ。それなら、話は分かる。

その女子学生に、森鴎外や郷ひろみのことを教え、「たぶん、よい作品だと思うよ。近代化を始めた当時の日本の雰囲気を、知ることができるかもしれない」というと、「一緒に見に行きたい」と言いだした。

ええと、天に誓って言いますが、私とその女子学生(Cさん)に、特殊な関係は全くなかった。その後もなかった。全然なかった(ええい、ちくしょう)。

そんな話はどうでもよい。とにかく、私とCさんは次の週末に、北京市中心部の映画館に行った。中国の映画館って、総入れ替え制なんですね。今はどうか知らない。少なくとも当時はそうだった。

で、その日の切符はすべて売り切れ。ただ「双人席」は売れ残っていた。「2人席」ということです。せっかく来たのだから、すごすご引き返すのも癪。そこで、Cさんに「この券を買えばよい」と言ったら、Cさんが、笑ったような怒ったような困ったような顔で、きっぱりと「傻瓜(シャーグア)」と言う。中国語で「バカモノ」という意味です。

聞いて見たらアベック席。客席のやや後方に設けられており、ちょいとしたボックス状になっている。2人用で、内部には、席と席をへだてる腕おきなんかない。「双人席」と外部の席の仕切りの板は結構高く、左右からのぞかれる心配はあまりない。ま、どんなものか、お分かりいただけますよね。私としては、中国にそんなものがあったこと自体が驚きだった。

ちなみに、「双人席」はその後、「目に余る行為が多発」ということで、廃止されたそうです。人が考え付くことは、どこの国でも同じだ(いやあ、実に相互理解。日中友好ですなあ)。

結局、その日はあきらめて帰った。でも、Cさんは「どうしても見たい」と言い、さらに次の週末には朝から行って、早い時間の切符を買おうと言う(どきどきどき。何かの意思表示だろうか)。

で、その日、打ち合わせ通り大学の門のところまで行くと、もちろんCさんが待っていた。Cさんだけじゃない、Cさんのご学友が2人ほど待っていた。「さあ! 行きましょうか」――。

ありゃりゃ。そういうことかい。要するに「警戒」したんですな、フン。

それはともかく、映画館に着いて首尾よく全員分の券が買えた。もちろん普通の席ですよ。

いやあ楽しかったなあ。

異国の女子学生に、「日本のことを知りたい」なんて言われると、やっぱりうれしいもんです。まあ、私も男の子ですから、マ、ソノオ、いわゆるひとつの下心が全然まったくなかったといえば、それは事実と食い違いがあるかも知れず、そのあたりは記憶にございませんということになるのですが、みんなでワイワイ楽しんだいうことは本当です。

で、ここからが本題(前フリ長すぎ)

席に着く。明りが落ちる。映画が始まる。タイトルが大きく写る。


「舞姫」

とたんに、満場の観客がどよめいた。「不対!(違う!)」なんて声も聞こえる。

最初は「な、な、何だ。いったいどうしたんだ」と思いましたが、およそ1.7秒後に気づいた。中国の皆さんは日本映画の傑作。『伯林之恋』を見にいらっしゃったのですからね。明らかに違うタイトルが映されたのでは「なんだ、こりゃ!?」となる。同じ漢字を使っているだけに誤解が生じることもあると、改めて思ったできごとでした。うろ覚えですが、ほどなくして、画面に「1882年、伯林――」なんて文字が出て、騒ぎは収まりました。

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映画が終わり、私はCさん初めとする女子学生の皆さんを、近くの店で食事にご招待した。まあ、当時の物価水準からして、日本人にとっては、たかが知れた出費でした。

で、映画の感想を聞いた。すると皆さん一様に、「明治の日本人は懸命に真面目にヨーロッパ文化を学んだ」、「中国と違って、必要以上に面子(メンツ)にこだわらない。外国の文化を素直に学んだことが、日本が発展した理由」などと、私の民族的自尊心をくすぐる発言が出た。

しかし、それも束の間。「日本の男性は昔から、自分の欲望だけで女性の運命を踏みにじった」、「日本の男性とつきあって、ソンをするのは女性」などなど。

いやあ、「針のむしろ」でありました。