雑記:日本人の秩序精神と几帳面さ、誇りと同時に危険性も認識すべきでは

5日付で「日本人の国民性は、この写真で一目瞭然=台湾メディア(http://kisaragihayato.com/574)」という記事を掲載しました。するとアメブロの読者である独眼竜政子さんから、「たしか、山谷かどこかのホテルでも、似たようなものがありました」とのコメントをいただいた。

 

なになに? 興味深い。「どれどれ、おぢさんに見せてごらん」ということで、お教えいただいた。これです。

 

http://curazy.com/archives/1591
(笑うメディア クレイジーより)

 

たしかに、同じ現象だ。ということは、台湾で発生した「シールきちんと貼り」は、たまたまの偶然でなかった可能性が非常に高くなってくる。ついでに言えば、独眼竜政子さんに教えていただいた記事で、ドイツ人はだれかが後からシールを貼る人のために、鉛筆かなんかで場所を指定している。

 

考えようによれば、ドイツ人の方が徹底しているかも。しかし別の見方をすれば、別にだれに指定されなくとも、「きちんとした形」を実現する日本人も、やはりすごい。

 

これまで何度か書いていますが、日本人が庶民を含めてここまで秩序を重んじるようになったのは、そんなに遠い昔からではありません。イザベラ・バードという英国の女性旅行家がおりまして、明治時代の日本に来て、記録を残しています。

 

日本の社会や日本人については、とびきりの好感を込めて紹介しています。感情が豊か、礼儀正しさ、地位に関係なく自分の職業に対する誇りを持っているなどです。ただし、鉄道を利用する際には、列を作って並ぶことをしない。われ先に「それっ」てな調子で、あの礼儀正しい日本人が一変する、などと書いています。

 

日本人が世間におけるルールを進化させ、だれでもそのルールに従うことで、気持ちよく暮らせる環境を作ってきたことは、「衣食足りて礼節を知る」ということがあります。中国で終戦を迎え、日本に引き揚げてきた元日本軍人から「とてつもなく汚いこと、卑怯なことをして、何とか生きて帰ってきた。とても人には言えないことをした」と聞いたことがあります。

 

非難するつもりはありません。人は極限状態に追い詰められると、汚いことをしてでも生き残ろうとする場合が多いと思います。まあだからこそ、災害に遭遇した日本人が秩序を保つことに、外国人が驚嘆するのですけどね。

 

さて、話を「シール貼り」に戻します。たいていの日本人が「きちんと並べて貼った方が見栄えもよい」と思うのでしょうね。「集計する人が楽だ」との気遣いもあると思う。

 

それと同時に、「みなさんがそうやっているのだから、自分も従わねば」という意識も働くと思います。この発想も、基本的には悪くない。ただ問題は、「みなさんがやっている」ことに対して、「本当に妥当なのか」との疑問を持ちにくくなることだと思います。

 

言い方を変えれば、日本人には「空気に流されやすい」特徴もあるのだと思います。つまり秩序重視やルール順守は、危険な側面も、実はあるということです。それを補正する最も手っ取り早い方法は、「みなさんがすること」の是非について常に疑問を持ち、「どうしてもおかしい」と思えたら、きちんと主張することだと思います。

 

まあ、月並みな結論ですが、「シール貼り」を見て、こんなことを考えたというわけです。