中国旅行者のマナーの悪さ、今に始まったことではなかった 400年前から落書き・割り込み・用便

中国人旅行者のマナーの悪さが伝えられてくる。「ごく一部」と言いたいところだが、「手を変え品を変え」の“ご乱行”が世界各地から伝えられてくる。中国の大手メディア/ポータルサイトの新浪網はこのほど、マナーの悪さは400年前から問題にされていたと指摘する文章を紹介した。

 

 文章は、「とても残念なことに、古い時代は優雅だったとの言い方は、現代人の願望を込めた思い込みとしか言えない。旅行客がどっと押し寄せ、観光地を汚してめちゃくちゃにする現象は、古い時代もそうだった」と論じた。

 

 明朝時代(1368-1644年)の記録で旅行客による「災害地区」には、現在の観光スポットでもある黄山や西湖などの名が見える。南京郊外の雨花台は、1日に2万人もが訪れることがあった。明代の文人である李流芳は蘇州郊外の虎丘を訪れた際に、大勢の人が大声でわめき合う様子に辟易して、風光明媚な地が酒場のように猥雑な地になってしまったと嘆いた。

 

 文章家として知られる袁弘道は、有名な地にいくと岩などに「ここまで来た」との文字がやたらに刻まれていることに激怒した。自然の岩が「何の罪があって、刻まれなければならないのか」と憤り、風景を破壊する行為は「仏法によれば、殺人強盗も同じ」と断じた。

 

 明朝時代、中国南部の水の豊富な地域では、舟遊びも盛んになった。船といってもかなり大型で、現在の日本の「屋形船」よりもさらに立派だ。中国を訪れた西洋人も、その豪華さに驚いて記録を残している。

 

 舟遊びをする際には、芸妓も雇って乗り込ませ、琵琶の演奏や歌を楽しむ。風景を楽しみ、音曲を楽しみ、酒と料理を楽しむ。財力によほどの余力がなければ不可能な、風雅を極めた遊びだった。

 

 ところがこの船のマナーがなっていない。水路が狭まったところでは、とにかく先を争う。列に並ぶということをしない。そのため、船をぶつけ合うなどで、転覆事故も発生したという。

そのため、文人の中には「旅行」を「下司な楽しみ」と断じ、上等な楽しみは、精神世界を巡ることしかないと論じたものもいたという。

 

 明朝が隆盛を極めた万暦年間(1573-1620年)には、当局側から旅行や行楽における乱れがあまりにもひどくて「社会の雰囲気を破壊する」として、禁止の意見も出たという。ただし、人々が行楽を楽しむことは、天下泰平を具現化していることだとして、結局は規制はされなかった。

 

 実際には、「旅行産業の従業者が極めて多い」ため、規制したのでは社会不安が発生するとの行政的は配慮があったと見られている。

 

 新浪網掲載の文章は、最後の部分で一転して、明代の旅行や行楽にかんする文献を見ても、いたるところに自分の到来を記す文字を除けば、「ところかまわずごみを捨てる」、「ところ構わず小便をする」などの“非文明的行為”は少なく、治安状況も良好だったと、明代の旅行ブームを評価。文人が旅行のマナーを批判したのは、自らを高雅な存在と言いたかったからだと論じた。

 

 明代の旅行ブームも、現代の中産「階級の人々が国内の名所や日本の奈良や沖縄を訪れる現象と同様と同様の心理に基づくもので、高雅な気持ちを示すもので、自らの民度を高める重要な手段と主張した。(編集担当:如月隼人)

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参考:・中国人旅游不文明,已经被吐槽四百年了丨壹读百科(中国語)


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Posted by 如月隼人