読書:『台湾とは何か』(野嶋剛・ちくま新書)…日本人として「台湾を考える」ための手引きの1冊

 本書を読み始めて、気づいたことがある。全体的に静謐な感じがするのだ。本書が扱うテーマは言うまでもなく台湾だ。

 

 そして台湾では2016年5月20日、民進党の蔡英文政権が発足した。1996年に総統の直接選挙が始まって以来、3回目の政権交代だ。民進党の政権奪回により、中国との関係が緊迫する可能性もある。今まさに、世界的に見ても「ホット」な話題のはずだ。しかし本書の語り口は静謐だ。

 

 本書の内容は、著者の長年にわたる幅広い取材成果を反映させたものだ。緊迫のエピソードもある。それでも、全体として「静謐」な印象が漂う。本書だけでなく、野嶋氏の文章は静謐な雰囲気をたたえる場合が多いのだが、本書については特に強く感じた。

 

 しばらくして分かった。本書は単に、台湾関連についての知見を紹介しているのではない。著者は、台湾についてずっと、思索を重ねて来た。今も、思索を続けている。著者は台湾関連について、日本人個人としては有数の情報量の持ち主だ。その膨大な情報の相互関係は複雑だ。自分が知りえた事柄を、どのように理解し、受け止めればよいのか。

 

 本書には、その思索の過程がちりばめられている。台湾関連について、真摯に取り組む姿勢が貫かれている。だからこそ、浮足立った論調とは無縁の「台湾論」となった。書名の「台湾とは何か」は読者に対して提示したテーマでもあるが、それ以上に著者自身の問題意識をそのまま表現したのではなかろうか。

 

 本書の内容の大きな特徴は、台湾と日本、台湾と中国、さらに日本と中国が三つ巴となった複雑な歴史的推移が、しっかりと書かれていることだ。著者は、台湾独立論や逆に統一論に安直に組することはしない。台湾人に対して浮ついた同調や同情を寄せることは、決してしない。

 

 台湾人自身の幸せに結び付くことは何なのかという視座は失わないが、「今を生きる日本人として、どうすればよいのか」との問題意識は、いささかたりとも揺らがない。

 

 本書における筆者のアプローチは、章立てからも明らかだ。序章の「転換期の台湾」、第1章の「『台湾人の総統』になれなかった馬英九」に始まり、第2章からは「台湾と日本」、「台湾と中国」、「台湾と南シナ海・尖閣諸島・沖縄」、「台湾アイデンティティ」、「例外と虚構の地『台湾』」、「日中台から考える」、「日本は台湾とどう向き合うべきか」と続く。

 

 本稿で、個別の内容について、あまり具体的に触れることは避けたいのだが、馬英九前総統について、これまでの軌跡をきちんと紹介していることをまず評価したい。

 

 日本では、そして台湾でも馬総統について、「失敗した指導者」との見方が定着したが、本書では彼が総統の座に上りつめた躍進ぶりと、多くの民意を失うに至った過程を、心理面の分析を含めて論じている。台湾の政治的風土の感覚を得るために恰好の記述だ。

そして、戦後の日本は台湾問題を「無視」しつづけたことも指摘。現在では台湾に対する関心や親近感が高まってきたが、日本政府は戦後処理の問題について、現在でも台湾を「素通り」していると批判した。本書は、敗戦による日本の撤退と国民党の台湾進出により翻弄された、個別の台湾人の運命も紹介した。

 

 沖縄問題について触れていることも、高く評価したい。台湾で起こっていることが、決して「対岸の火事」ではないことを、改めて認識することができる。そして台湾における「例外と虚構」の部分は、長年に渡り現場に足を運び、目と耳をはじめとする五感を総動員する作業をこつこつと続けた者だけが提示できる内容だ。

 

 総じていえば、本書は読者に「台湾とは何か」という知識だけを提供するのではない。台湾問題を中心に、中国やその他の国との関係を含め、日本人が「東アジア、ひいては国際社会の一員として、何をどう考えていくべきなのか」という、読者自身の自分自身に対する問いかけに貴重なヒントを与える、「手引きの1冊」と言ってよい。

 

【DATA】
書名:台湾とは何か
著者:野嶋剛(のじま・つよし)
出版:筑摩書房(ちくま新書)
価格:860円(税込。2016年5月22日現在)

 

【著者プロフィール】
1968年生まれ。朝日新聞入社後、シンガポール支局長、政治部、台北支局長、国際編集部次長、アエラ編集部などを経て、2016年4月からフリーに。『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『ラスト・バタリオン――蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影――映画で知る台湾』(明石書店)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)など著書多数。著書の多くが中国、台湾で翻訳刊行されている。

 


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Posted by 如月隼人