香港で「天安門事件」に「あれは中国での出来事、香港は無関係」の考えも強まる

 香港では3日夜、北京市内で1989年6月4日未明に発生した、いわゆる「天安門事件」の犠牲者を悼む集会が行われた。

 最近の香港では、天安門事件について当局を批判しながらも、「あれは中国での出来事こと、香港は無関係」と考える人が目立つようになったという。

 

 香港が中国に返還されたのは1997年だった。中国は英国に対して「香港の制度を50年間は変更しない」と約束した。逆に言えば、2047年からは、中国が香港を「本土並み」に扱う可能性もあるということになる。

 

 香港では2047年まで35年になった2012年ごろから、香港の将来を憂慮する声が高まった。逆に中国当局は警戒を強めた。2014年9月からは、17年に実施予定だった行政長官選挙で、「中国の意向に沿わない人物の立候補を事実上、不可能にする」方式に反対する学生らが香港中心部を占拠する「雨傘運動」が発生した。

 

中国側の“締め付け”とみられる例としては、中国政府や中国共産党が「歓迎できない」内容の書籍の出版・販売していた「銅鑼湾書店」の関係者複5人が15年10月から12月にかけて失踪する事件が発生した。

 

 同件では関係者1人が中国のテレビに登場し、12年前に中国大陸内の浙江省寧波市で起こした飲酒事故(女性1人が死亡したとされる)の罪を償うために中国当局に出頭したと表明した。事件の真相は今も不明だ。銅鑼湾書店は2016年になり、閉店されていたことが確認された。

 

 中国当局による“締め付け”がこれまで以上に強く感じるようになった香港では、香港の民主化の行方が最優先として、1989年に北京で発生した天安門事件を「世界の多くの地で発生した悲劇の1つ。香港で起こった事件ではない」として、特別視すべきでないとの主張がかなり支持を得るようになった。同主張の背景には、香港の独自さを強調したい心情もあると思われる。

 

 北京市出身で、現在は米国で中国当局を批判する立場で活動している胡平氏は3日に、民主派の立場を取りながら天安門事件の追悼活動などを拒否する主張を批判。現在も言論や集会の自由がある香港で、民主派の立場であるならば、天安門事件について中国当局を批判すべきであり、天安門事件について自分は無関係と言うならば、結局は親中派と同じ言動をしていることになると指摘した。(編集担当:如月隼人)

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参考:・拒绝纪念六四的本土派其实就是建制派(胡平)(中国語)