雑記:ベートーベンって、やっぱり突き抜けてしまった人だなあ

 音楽が好きです。ただ、昔のように「手あたり次第」というように聴くわけにもいかなくなった。自分が納得した演奏を中心に、ときおり新たな音源を試すというようになりました。

 

 少し前まで、ベートーベンの弦楽四重奏を聞いていたのですが、ここ1週間はピアノソナタをよく聴いています。ベートーベンの楽曲って、初期のころには「当たり前風の音楽」が多いのですよね。

 

 よく聞けば、決して当たり前ではないと分かるのだけど、初期の楽曲だけでは、後の世になぜ、ここまで「騒がれる」ようになったかは、分かりにくい。

 

 そうですね、初期のころからメロディーが美しい。しみじみとよいメロディーを繰り出すと言えばよいかな。それから、和声も充実している。

 

 言ってみれば、それまでの音楽的常識をきっちりと吸収し、個性をちょっと追加することで最良のものを展開する楽風と言ってよいのかな。ただ、ある時期から、妙な具合になる。

 

 なんと言えばよいかなあ。「突き抜けた」、「ぶっ飛んだ」、そんな具合です。交響曲なら第3番から、弦楽四重奏曲ならラズモフスキー・セット。ピアノソナタなら、「テンペスト」とか「ワルトシュタイン」で、そんな傾向が明らかになり「熱情」で、一気にぶっ飛ぶ。

 

 交響曲第3番の1楽章でも、不協和音を7回も大音量でぶつけてくるのは、当時としては非常識もいいところだったと思う。「熱情」では、最初から「ただごとならぬことが始まる」という雰囲気でいっぱいですし、最終楽章のコーダ。ありゃいったい何ですか。

 

 いきなり全力で「ジャーン、ジャーン、ジャジャジャジャジャジャジャジャ、ジャジャジャジャジャジャジャジャ、ジャジャジャジャジャン」――。異常だ。トチくるったとしか思えない。

 

 ベートーベンが、これらの「問題作」を作ったのは1805年を中心にしています。彼は1770年生まれですから、35歳ぐらいから常識外れの楽曲が、どんどん光輝いてくる。ううむ、ううむ、であります。

 

 論語では「七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず」と言いますが、作曲家として35歳前後にして、そんなレベルに達してしまったようです。もっとも、実生活ではめちゃくちゃすぎて、トラブルだらけだったそうですが。

 

 私が愛聴しているのは、シュナーベルの全集です。1930年代という、とても古い録音ですけど、ものすごく高いレベルだと思う。それほど器用な演奏ではありませんが、ベートーベンが感じた音楽を、素直に追体験して音にしているように思えます。

 

 ベートーベンについては、その後も「ブっ飛ぶ」時期がありました。有名な第9交響曲を書いたあたりです。第9交響曲よりもむしろ、それより少し前に発表したミサ・ソレムニスから、進むべき「異常さ」が聞こえてきます。そして、最晩年の作品である弦楽四重奏曲(特に最後の16番)は、完全に「行って」しまった。

 

 私にとっても、ものすごい音の連発とは思えるものの、まだ「これはいったい、なんなのだ」と思いあぐねている状況です。