事故死したはずの男性、3年後にわが家に戻り、自分の墓に墓参り=中国・湖南

 3年前位に交通事故死したとして火葬されたはずだった男性が、ふるさとに戻ってきた。家族は男性のために立派な墓を作っており、男性は近所の人々に伴われて自分の墓の“墓参り”も済ませたという。中国メディアの新浪網などが同話題を紹介した。

 3年ぶりに「わが家」に帰ったのは湖南省・湘潭県の農村部に住むMさんだ。Mさんには軽い精神障害がある。居住する村の幹部によると、日常生活にはそれほど支障がない程度だという。Mさんは生まれた村から外に出たことがなかった。

 

 ところが2009年12月26日に行方不明になった。家族は警察に届け出て、さらに周辺地域にビラを貼るなどして懸命に探したが、Mさんを見つけることはできなかった。

 

 2012年2月になり、警察から連絡があった。自宅から100キロメートルほど離れた所で交通事故があり、死亡した男性はMさんらしいという。警察から届いた事故死した人の写真を村の幹部も交えてみたが、「似ている」程度の結論しか出せなかったという。

 

 しかし警察は、Mさんの家族から寄せられたサンプルと事故死した男性から採取したサンプルの遺伝子鑑定をして「血族関係がある」と断定した。当時の警察は、それほど信頼性の高い遺伝子鑑定はしていなかったという。

 

 遺族も結局は、亡くなったのはMさんだったと認めることになった。そして、Mさんが「亡くなってから居場所がないのではかわいそうだ」と考え、大金を費やして、自宅から歩いて十数分程度の山中に墓を作った。そして警察から送られてきた遺灰を埋葬した。

 

 Mさんによると、家を出てからは湖南省では比較的大きな都市である衡陽市で、肉体労働をしていた。1日あたり、たばこ6箱を買える程度の賃金をもらっていた。しかし、年齢のせいで仕事ができなくなり、ホームレスになってしまった。2015年12月22日に当局に保護されたという。

 

 Mさんは自宅に送り返された。しかし近所の人々は「死んだ人が生き返ったとの事実」をなかなか受け入れられず、気味悪がった。

 

 人々はMさんに「あんたは、死んだのだよ」と言い、Mさんの墓に連れて行った。Mさんは、墓に自分の名が刻まれていることを確認した。そして墓を拝み「もう2度と、ふるさとからは離れない」と言ったという。近所の人々が点火した爆竹が鳴り響いた。Mさん周囲の人々すべてが、心情的にも「Mさんは生きていた。戻ってきた」ことを確認した瞬間だった。

 

 Mさんが戻ってきてから半年あまりが経過した。近所の人々は「本当に戻ってきたんだな。じゃ、あの墓に祭られているのはだれなんだ?」と笑いながら話すようになった。

 

 しかし、Mさんの家族にとっては、まったく笑いごとではないという。自分らが、Mさんを懸命に探した経験があるからだ。「亡くなった人の家族も、長い月日、懸命に探したのでしょう。あの人は、もっとかわいそうです。あの世にいってからも、自分の名前すら分からないのですから」と気の毒がっている。

 

 Mさんは結局、地域の老人ホームで暮らすことになった。いったん抹消されてしまった戸籍を回復する手続きは遅れており、まだ終わっていない。しかし生活の一切を施設に世話してもらっており、1か月に70元(約1100円)の小遣いをもらっている。Mさんは現在の境遇に「完全に満足している」という。

--------------------—
◆解説◆
 Mさんの話は、「終わりよければすべてよし」の部類と言えるかもしれない。交通事故による死者はMさんとした警察の判断には問題を感じるが、「本当に亡くなった人と、その家族」を思いやる、Mさんの家族の心情には、心が温まる。

 

 ただ、衡陽市が 衡陽市で働いていたのは、「非合法なレンガ工場」だったという。中国では、単純な肉体労働力を必要とする工場などが、精神障碍者を不当に低額の賃金で「奴隷的労働」をさせていた事件が、時おり発覚している。

 

 Mさんのケースも類似したケースだったと考えられる。上記記事は詳しく伝えていないが、Mさんが長年の間、行方不明になっていた背景には、中国社会がかかえる“闇の部分”がありそうだ。(編集担当:如月隼人)

 

【参考】・男子“去世”三年后回家 向自己坟墓磕头(中国語)


社会

Posted by 如月隼人