北京のシャワールーム…心理“アナリスト”になってしまった

またまた、北京に留学していた時の話です。中国語学習のために、北京語言学院(現在は、北京語言大学かな)というところで学びました。世界各国から留学生が集まる大学です。


当時は古い寮だった。私のいた寮は、日本人、北朝鮮人、アラブ人なんかがいた。一番多いのは日本人でしたね。その寮の1階の端っこにシャワールームがありました。お湯が出るのは夕方6時から2時間半ぐらいでした。正確にいうと、シャワーではないな。頭の上に水道管がそのまま下向きについている。「シャワー」の蛇口は、どれも撤去されていた。


中国の多くの土地では、水道水にカルシウム分が多く含まれている。いわゆる硬水です。水を温めるとカルシウムが白く出てきてしまうんですね。だから、シャワーなんかは、すぐ目詰まりしはじめる。一部の穴が詰まると、残りの穴からお湯が妙な方向に、勢いよく噴き出すんですね。とても使えたもんじゃないから、すぐ取ってしまう。で、ストレートな水道管の端っこから、勢いよく水が落ちる。「肩を打たせると、こりがなおる」なんて、皆さんそれほど、不満には思っていなかった。


シャワールームは中学校か高校の教室ぐらいの大きさで、壁にそってシャワーの個室がズラリとある。そうだな、6室ぐらいあったかな。ドアはあるが鍵はありません。男子寮と女子寮は別ですから、それほど問題はない。ドアと言っても、床から50センチぐらいの高さから、頭の上まで。下は筒抜け。人が入っていると、膝あたりから下の足が見える。


これ、案外便利でしたね。空きか使用中か、すぐ分かる。「満室」の場合には、教室みたいな部屋の中央に1列に並ぶ。どこかの個室が空けば、列の先頭の人から入っていく。まあ、そういう規則でした。


あるとき、少し遅めの時間にシャワーを浴びにいった。午後8時ぐらいだったかな。並んでいる人はいなかったけれど、個室をみると、全部に足が見える。満室だ。そこで、大部屋の中央に陣取って空くのを待ちました。

しばらくして気がついた。個室のうちのひとつの様子が変だ。いつのまにか、あっち向きに四つん這いになっている。洗濯してやがるんだな。ルール違反のはずだ。床のタイルに衣服をこすりつけて、ごしごし洗っている。ずいぶん洗濯ものを持って、入ったみたいだ。


寮でいつも顔を合わせているわけですから、後ろ姿をみただけで、犯人はすぐわかった。ヨルダン人のあいつだ。小柄で内気な青年、真面目そうな奴なんですけどねえ。「おーい、洗濯するな。人が待っているんだぞ」と、そこまで言うことはないなと思い、「しょーがねーな」と思って待つことにしました。


あっち向きに四つん這いになっているでしょう。ヨルダン人の彼は、こちらの存在に気づいていない。で、尻をこちらに向けている。よーするに、お尻の穴が丸見えなんですな。力を込めて、服を床のタイルにこすりつけているわけで、体が揺れている。お尻の穴の向こう側に、なにやらリズミカルにぶらぶらしているものがある。


「何でオレは、北京にまできてヨルダン人の尻の穴を見ていなきゃならないのか」と思いましたが、不思議なもので、そういう妙な物をいったん見ると、視線が離せなくなるんですな。別の方向を見るのですが、しばらくすると再び、尻の穴を見ることになる。「助けてくれ。オレはそんなもの見たくない」と思っても、また視線が向う。「ううむ、人間の心とは案外、奇妙にできている部分があるみたいだ」と、にわか仕立ての心理アナリスト(注)になってしまった。


しばらくして、別の個室から人が出てきた。そそくさとその個室に退避して、ことなきを得ました。


(注)
この場合のアナリストは“analyst”と書いていただきたい。“analist”と書くと、辞書にはあまり載っていませんが、別の意味になるそうです。断じて違いますからね。

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(おまけ)
北京の語言学院といえば当時、「四つ足シャワー」も有名でした。個室を見ると、ドアの下から足が4本見える。といっても、ソドミーな世界とは関係ない。すね毛がある足2本と、ない足2本です。要するに彼女と一緒なんですな。男子寮の、しかも鍵のないシャワーで、大胆な奴らだ。まったくうらやましい、じゃなかった、けしからんと“義憤”にかられたものです。あくまでも“義憤”です。


語言学院にもう2、3年はいたという先輩を交えて酒を飲む機会があり、そのことを話したところ、「四つ足ならまだいいよ。オレは6本足シャワーを見たことがある」ということでした。

6本足シャワー? なんなんだ、それは。足が3本ある人が2人で入っていたのかなあ?