「3日後に必ず立ち去ると約束できるか?」、中国の国境地帯で警察官に連行された結果…

今回は、私の中国留学時代の思い出話にお付き合い願えれば幸いだ。もう20年あまり前のことになるだろうか。このような体験をした人も珍しいと思うのでご紹介する。

本コラム欄のプロフィールにも書いているが、私は中国の民族音楽を勉強したいと思って留学した。民族音楽と言っても実技ではなく理論だ。いろいろな先生方、その他の周囲の人に、実によくしてもらった。私が中国の現状についていろいろ批判をしても、中国を本質的に嫌いにはなれないのは、当時の経験があるからだと思う。

話を本筋に戻そう。世話になっている先生の1人に、ある少数民族地域の国境地帯の村に、中国ではもはや存在しないと思われていた伝承音楽の奏者が1人だけ残っていると教えていただいた。こういう時には、とにかく現地に足を運ぶしかない。

辺境地域などでは、外国人が立ち入り禁止の場所がある。まずは北京の公安(警察)に行き、立ち入り可能かどうかを尋ねた。某市の名を告げると「大丈夫です。外国人にも開放されています」と教えてくれた。そこで、現地に向かうことにした。

「某市」などと持って回った言い方をしているのは、もう「時効」だとは思うが、現地で接触した人に迷惑をかけたくないからだ。読み進めていただければ、ご理解いただけると思う。

列車やバスを乗り継いで、某市についた。そこからさらに、山道をバスで2時間ほども乗っただろうか。やっとのことで目的地の村に到着した。小さな宿があったので、そこに停まることにした。その晩はよかった。一晩明けた早朝、警察官2人が私の部屋にやってきた。すぐに署まで来いという。従わざるをえなかった。

署につき、警察官は私に言った。「ここは、外国人立ち入り禁止だ」と。私は北京の警察で立ち入り可と確認したと言うと「市街地はOK。しかし、郊外地区は禁止」と言う。「北京の担当者は、まさか郊外まで出るとは思わなかっただろう。君には気の毒と思うが、規則なのだから仕方ない」とも付け加えた。

中国では宿泊の際、中国人ならば警察の発行する身分証、外国人旅行者ならパスポート、長期滞在者なら居留証を提示せねばならない。宿泊施設側は、控えを警察に提出する。警察官は、私が居留証を提示したことを知り、急いでやってきたに違いなかった。

警察官2人は続けて、私にやってきた目的を尋ねた。私はありのままに説明した。少数民族の貴重な音楽伝承があると聞き、どうしても自分の耳で聞きたかったと話した。すると警察官2人が顔を見合わせた。「このまま待っていてくれ」と言って、部屋のすみにいって何やら相談している。

しばらくして戻ってきた。「相談したいことがある」と言い出した。何かと思えば「3日後に、必ずここを立ち去るかどうか、約束できるか」と言う。さらに聞くと、「3日後の日付で、日本人がここにやってきたが、立ち入り禁止と告げたので、そのまま立ち去ったとの書類を作る」と言ってくれた。しかも、私が探していた伝承者を紹介してくれるという。

警察官はさらに話した。その村が外国人立ち入りを実施しているのは、かつてスパイの逃走経路になっていたからで、すでにその心配はほとんどないし、私がスパイでないことは、学生証も提示しており明らかだ。さらに彼らは「本当は、日本人がこんなところまできて、われわれの伝統文化を知ろうとしてくれたことは、実にうれしいんだ」などと言い出した。

最初に警察署についた時と、部屋の空気は一変していた。その時に勤務していたのは、私の「取り調べ」を担当した2人だけだったらしい。

警察官らは私に、退去を要求したことで怒ってはいないかなどと尋ねた。私はもちろん「怒っているわけがありません。あなたたちは、自分の仕事をしただけなのですから」と答えた。

すると2人は「じゃあ、オレたちは友達だな」と言い出した。そして続けて「友達になったのだから、飲もう」と言い、どこからか酒瓶を持ってきた。中国によくある、「白酒(バイヂウ)」と呼ばれる、度数の強い蒸留酒だ。警察署で朝から、酒盛りが始まった。

結局は、昼ごろまで飲んでしまった。その日の午後は、宿でひっくり返っているしかなかった。伝承者を取材できたのは翌日。その次の日の朝のバスで、引き返すことになった。警察官2人が「翌日」ではなく、「3日後に引き返してくれるか」と言い出した理由がわかった。

もうずいぶん前なので、記憶にずいぶん違いがあるかもしれないが、私が覚えているのはこんなところだ。中国ではほかにも、警察絡みや酒絡みで妙な体験をしたことがある。ご要望があれば、いずれまたご紹介しようと思う。

(編集担当:如月隼人)

 


Posted by 如月隼人