雑記:罵り言葉に見る、日中の価値観の相違、「えげつない表現」で民族の価値観が分かる

外国語を学習しはじめると、少なくとも一定の年齢以上の人なら、その言葉の「汚い表現」に興味を持つものではなかろうか。「そんな下品な表現は覚えたくない」という人は、そもそも語学の学習に向かないでは、とも思えてしまう。

中国語にもさまざまな「下品なことば」があるのだが、罵り言葉として代表的なものに「ツァオ・ニー・マー」がある。「ツァオ」は英語の「fuck」に相当。「ニー・マー」は、「あなたの母」。つまり「ツァオ・ニー・マー」で、英語の「fuck your mother」相当する。

ついでにご説明するが、「fuck your mother」と「ツァオ・ニー・マー」の意味は、まったく同じではない。英語の場合には文法的に言えば命令形なので、ののしる相手に対して「母親と人道的に許されない行為に及んでしまえ」と言っていることになる。中国語の場合の隠れた主語は「我(ウォー)=私)」とみるのが妥当だ。つまり、「自分がお前の母親を○○してやる」ということになる。

こんな罵り言葉を知ると、日本人の多くは「なんと、えげつない表現だ」、「あまりにも汚い言い方」とあきれてしまうことになる。私もそうだった。「どうも、そうとは言えないようだ」と気づくのは、中国人の友人のS君との会話がきっかけだった。

私がS君に、「中国人は、実に汚い表現を日常的に使っている」と批判すると、彼は「日本語にも罵りの言葉はあるだろう」と反論した。もちろん、ある。「ただし、性に絡めた罵り言葉は、まったくないとは言わないが、少ない」と彼に説明した。S君は半信半疑だ。「それじゃ、日本語の罵り言葉を教えてくれ」と言い出した。

私は例としてまず「馬鹿野郎」を挙げた。実は中国で「馬鹿野郎」という日本語表現は、よく知られている。日中戦争をテーマにしたテレビドラマなどで、日本兵が「バカヤロ」を連発するからだ。中国のテレビドラマなので、中国人の役者が扮する日本兵もたいていのシーンでは中国語で話しているが、その部分だけは日本語風に「バカヤロ」だ。

「ドラマに出てくる日本兵は『バカヤロ』と怒鳴って相手を殴る」ということで、中国人の間でも「バカヤロ」が罵り言葉であることも、よく知られている。しかし、日本語学習者でなければ、「バカヤロ」の意味は分からない。S君は英語に堪能だが、日本語は知らない。「馬鹿野郎」についても、「それはどういう意味なんだ?」と言った。

そこで中国語に訳した。S君はきょとんとしている。「なぜ、それが罵り言葉なのか」と言い出した。そこで、追加でもう1つ教えることにした。「もっとひどい罵り言葉に『クソくらえ』というのがある」と。

S君は再び「意味の解説」を求めた。そこで、「糞くらえ」を直訳した。S君は思いっきり顔をしかめた。そして「日本人は、なんと汚い言い方をするのだ」と呻くように言った。

この一件で、罵り言葉には習慣性の問題が大きいと、改めて感じた。使い続けているうちに、言葉が本来持つ意味の「強烈さ」は薄れてしまうわけだ。逆に、初めて知った時には驚いてしまう。日本人が「ツァオ・ニー・マー」を知った時と同様の「衝撃」をS君は感じたに違いない。

さて、考えねばならないのはここからだ。中国人はなぜ、性に絡んだ罵り言葉を使うようになり、日本人は別の表現を選んだか、ということだ。しばらく考えているうち、分かってきた。

相手を罵る目的は要するに、相手の人格を「破壊」することだ。とすれば、その社会に属する人々が最も重視する価値観に反していると、相手を貶めることを目指す。

中国人が選んだのは「親子関係」の問題だった。中国人は家や血縁を極めて重視する。だからこそ、相手の母親を辱めることが、相手に対する最大の侮辱と発想した。ちなみに中国語では「我孫子(ウォー・スンヅ)=私の孫」という言い方も、他人を侮蔑する表現だ。家系上で、自分よりずっと下の世代に属すると断言することは、中国人にとっては相手を「取るに足らない存在」と表明していることになるからだ。

日本語の場合はどうなのだろう。「馬鹿野郎」は相手の能力不足を表明する言い方だ。同様な罵り言葉としては「たわけ」などもある。さらに興味深いのは「糞くらえ」、「糞ったれ」などだ。日本人は古くから「清浄さ」を価値観の中心に据えてきた。だからこそ、これらの言い方が「侮蔑のために有効な表現」と感じられたと、私は考える。

ちなみに、英語や欧米語にある「fuck your mother」のたぐいの表現だが、相手の性に関連する倫理感を否定する言い方だ。このあたりはやはり、キリスト教が土台にある、彼らの発想によるものと、考えてよいと思う。

逆説な言い方にはなるが、中国人は家と血縁、さらにそれらを生み出す性の問題に、極めて厳格な規範を設けたからこそ、「ツァオ・ニー・マー」という罵り言葉が定着した。

もちろん日本人も、それらに倫理上の価値を置いている。ただ、日本人は「穢れ」を忌避する感情が極めて強いがゆえに「糞くらえ」が罵り言葉として定着したと思う。

ちなみに、内モンゴルなど中国領内に住むモンゴル人は「ヒー・オクスン」という罵り言葉をよく使う。中国人(漢族)との交流が多くないモンゴル国では、使われない。

「オクスン」は「fuck」と同意(過去形)だ。この場合の「ヒー」に特に意味はなく「Oh!」と同様とされる。中国語の「ツァオ・ニー・マー」と同様の表現を使うようにはなったが、そのまま直訳すると「あまりにもえげつない」という中国領内のモンゴル人の感覚を反映した表現と理解できる。このあたりからも、罵り言葉が定着するメカニズムを察することができる。

 

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